1. HOME
  2. 書評
  3. 「星屑」 「スター」が煌めいていた時代 朝日新聞書評から

「星屑」 「スター」が煌めいていた時代 朝日新聞書評から

評者: 藤田香織 / 朝⽇新聞掲載:2022年08月06日
星屑 著者:村山 由佳 出版社:幻冬舎 ジャンル:小説

ISBN: 9784344039797
発売⽇: 2022/07/06
サイズ: 20cm/438p

「星屑」 [著]村山由佳

 「スター」と呼ぶに相応(ふさわ)しい存在を見かけなくなって久しい。
 老若男女誰もが知っていて、その歌を口ずさむことができ、燦然(さんぜん)と輝き暗い世界を照らす、決して手の届かない星。一台のテレビを家族で囲むことがいちばんの娯楽だった時代、スターは夢と憧れの象徴で、いつだって煌(きら)めいていた。本書はその輝く星となるべく、迷い、足搔(あが)き、葛藤する少女たちの姿を描いていく。
 昭和五十四年。東京の大手芸能プロダクションに勤務する樋口桐絵は、博多のライブハウスで歌っていた十六歳のミチルを、会社には無断で上京させる。少年のような外見と、一瞬にして耳を持っていかれたこの世に二つとない声。桐絵は〈突然夜空に現れた彗星(すいせい)みたいに、みんなが指さして見上げずにいられない、そんな存在になれるんじゃないか〉とまで惚(ほ)れ込(こ)んだミチルを、狭い自宅アパートに住まわせチャンスを模索する。
 一方、勤務先の「鳳(おおとり)プロダクション」では、十四歳の真由をスター候補生としてデビューさせることが決まっていた。年に一度、全国十数カ所での地区大会が行われ、本選はテレビ放送もされる事務所主催のスカウト・キャンペーンで見事グランプリを受賞した真由には、テクニックに裏打ちされた抜群の歌唱力とお嬢様然とした容姿、加えて持って生まれた〈華〉があった。
 まったく異なる才能を持つふたりの少女に、大人たちの事情と思惑が絡む。昭和五十年代、桐絵は入社十年にもなるのに〈行き遅れ〉の〈ハイミス〉である自分には未(いま)だ雑用しか回ってこない状況に焦(じ)れ、〈夢を賭けられるような原石を見つけ出して、自分の手で磨き、舞台の上へ押し上げてみたい〉とミチルに入れ込む。しかし五つ年上の上司・峰岸俊作は、社運を賭けて真由を新しいスターに育てることに懸命で、自分たちの仕事は慈善事業でもなければ大富豪の道楽でもない、〈これは商売なんだぞ〉と言い放つ。
 人々に夢を見せるスターになるためのシビアな現実。穢(けが)れなきアイドル歌手を産み育て守るための黒い駆け引き。本人さえ知らぬ出生の秘密をいつまで隠し続けるのか。何を売り、何を捨て、何を得るのか。昭和の芸能界の光と影を覗(のぞ)き見るような泥臭く刺激的な展開に心躍る。
 激しいダンスが売りの二人組ピンキーガールズ。南城広樹、野田二郎、神まさみの「御三家」など、「あの頃」を連想させるスターも多く登場する。読み終えて、「あぁ面白かった!」と本を閉じ自分にとっての輝く星を思う。痛快な娯楽小説だ。
    ◇
むらやま・ゆか 1964年生まれ。2003年、『星々の舟』で直木賞。2009年、『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞など。2021年、『風よ あらしよ』で吉川英治文学賞。近著に『てのひらの未来』。