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「電車の窓に映った自分が死んだ父に見えた日、スキンケアをはじめました。」書評 皮膚を労る男性は気づきを得る

評者: 磯野真穂 / 朝⽇新聞掲載:2023年05月13日
電車の窓に映った自分が死んだ父に見えた日、スキンケアはじめました。 著者:伊藤 聡 出版社:平凡社 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784582839173
発売⽇: 2023/02/24
サイズ: 19cm/206p

「電車の窓に映った自分が死んだ父に見えた日、スキンケアをはじめました。」 [著]伊藤聡

 私たちは、「ありのままのあなた」というフレーズを妙に好む社会で暮らす。
 しかし人間は「ありのまま」が耐えられない生き物だ。素っ裸に見える民族ですら、刺青(いれずみ)などを用い、必ず体に手を入れる。
 なぜか。それは不安だからである。人は、幾許(いくばく)かの安心を、そうやって得て暮らしている。
 ただ、その不安を相当程度解消する方法が一つある。それは、体があることを忘れること。言い換えるとそれは男性であることだ。
 著者は端的に記す。
 「男女の関係性において、男はあくまで『見る側』であると、多くの男性が思い込んでいる」
 そう。「目しか」ない男性は多い。女性の容姿を好き勝手に評価する男性を見て、「お前はどうなんだ」と憤った女性は私だけではあるまい。しかしそのくらい、体があることを忘れている男性は多い。
 書名通りの理由で、著者は自分に体があることに気づき、スキンケアにはまっていく。
 美容液で肌が変化すること。ボディクリームを塗って布団に入ると気持ちがいいこと。下地で肌をトーンアップさせると気分が上がること。
 男性が自分の皮膚にふれ、変化に気づき、体を労(いたわ)ろうとすることは、世界の優しさを増やすだろう。
 なぜならそれは、整えても、整えても崩れ続ける現実に日々向き合うことに通ずるからだ。「目だけ」で生き、暮らしを整えることを女性に委ねてきた男性は、なかなかこの現実に気づくことができない。スキンケアはその回路を開くだろう。
 ただ、美容を探求する女性は生き方も美しいといったメッセージを、筆者が無批判に受容しているように見えることは気になった。
 なぜならこの裏には、「美容を探求しない女性」についての否定的論評があり、それに苦しめられた女性は数知れないからである。
    ◇
いとう・そう 1971年生まれ。会社員と映画や海外文学のライターを兼業。著書に『生きる技術は名作に学べ』。