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「新しい権威主義の時代」(上・下)書評 その手口にだまされないために

評者: 有田哲文 / 朝⽇新聞掲載:2023年05月27日
新しい権威主義の時代 ストロングマンはいかにして民主主義を破壊するか 上 著者: 出版社:原書房 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784562072675
発売⽇: 2023/03/14
サイズ: 20cm/227,33p

新しい権威主義の時代 ストロングマンはいかにして民主主義を破壊するか 下 著者: 出版社:原書房 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784562072682
発売⽇: 2023/03/14
サイズ: 20cm/199,49p

「新しい権威主義の時代」(上・下) [著]ルース・ベン=ギアット

 本書で「新しい権威主義」として批判される政治家は、ご想像の通り、ロシアのプーチン大統領や米国のトランプ前大統領らである。しかし読み進めて感じたのは、彼らがそれほど新しくないということだ。
 プーチン氏は上半身裸で釣りや乗馬をする姿をカメラに撮らせる。しかしシャツを脱ぎ、肉体で男らしさを誇示するのは、1930年代にイタリアの首相ムソリーニが用いた手法である。トランプ氏はツイッターで常に自分をニュースにし、国民とつながろうとしたが、これもファシズムの指導者たちがニュース映画で多用していた。
 第2次大戦期のファシズムの時代。戦後、南米やアフリカで頻発した軍事クーデターの時代。そして現在に至るまで、民主主義を破壊する権力者たちの醜さがこれでもかと描かれる。独裁者、ポピュリストなど様々ある呼び名を、歴史学者の著者は「ストロングマン(強権的指導者)」に統一した。その手口にだまされぬよう、抵抗力をつけるための書として読める。
 ストロングマンたちの権力奪取は、旧来のエリート層の協力や容認がなければ実現しなかった。ヒトラーは利用できる、ピノチェトの権力掌握は一時的だ、などと思い込んだ政治家たちがドイツやチリにいた。トランプ政権の母体も、伝統ある共和党だった。
 そして何より欠かせないのが支持者たちの熱狂だ。その民衆心理について著者は、既存の政治秩序を破壊し、別の政治秩序を作り出す集団活動に参加することで得られる「陶酔感」だと指摘する。そういえば日本でも「自民党をぶっ壊す」と訴えた自民党首相に世論がなびいたことがある。警戒すべきは、もしや、あのような雰囲気か。
 「ストロングマンは、権力の座にとどまり続けるためならどんなことでもやる。戦争も始める」と本書は記す。原書はウクライナ侵攻の前に書かれたが、残念ながら予言が的中した。
    ◇
Ruth Ben-Ghiat ニューヨーク大学教授。米ニュース専門局MSNBCのオピニオン・コラムニスト。