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荒木あかねさんをとりこにし、作風に影響を与えた「黒ねこサンゴロウ」シリーズ

『旅のはじまり 黒ねこサンゴロウ1』(偕成社)

 私以外、誰も本を読まない家庭で育った。どうして私が読書好きになったのかわからないくらい、母も祖父母も兄も、とにかく本に興味がなかった。ただ、本を読むのは誰にも止められなかったし、特に母はよく絵本や児童書を与えてくれた。玩具やお菓子を買ってもらえないことは度々あったけれど、本は頼めば絶対に買ってもらえた。今思えば恵まれた子ども時代だったと思う。しかし当時は、家族が同じ熱量を返してくれないことが不満だった。読書が大好きな私は、しょっちゅう母を相手にお気に入りの本の感想を語っていたのだが、母はいつも関心がなさそうで、話半分に聞いているような感じだった。

 私が生まれて初めてハマった本は、全10巻からなる児童書「黒ねこサンゴロウ」シリーズ(竹下文子・作、鈴木まもる・絵)である。ほとんどの登場キャラクターはねこ。「うみねこ族」という、船を操り海で生きるねこたちの冒険を描く物語だ。

 主人公は黒ねこのサンゴロウ。彼はどういうわけか過去の記憶をなくしており、ある日うみねこ島に流れ着いてからというもの、そこでマリン号という船の船長をやっている。孤独を愛する船乗りだ。仲間のために危険な海へ船を出したり、巨大な海賊船から逃げたりと様々な冒険を繰り広げながら、サンゴロウは自分のルーツや祖先の歴史を紐解いていく。

「黒ねこサンゴロウ」シリーズに出会ったのは、小学校中学年くらいの頃だった。柔らかで表情豊かな挿絵と、他の絵本とは明らかに異なる文字量の多さにドキドキした。サンゴロウのハードボイルドなキャラも魅力的で、なんだか「大人の小説」を読んでいるような気がした。シリーズには、この他にも素敵なキャラクターがたくさん登場する。

 中でも私のお気に入りは、イカマルという名のキャラクターである。サンゴロウのことを「親分」と慕い、いつか親分のように立派な船を持つことを夢見る、若い見習いの船乗りだ。サンゴロウ曰く「よくはたらいて頭もわるくない」のだが、お喋りでお調子者で、たまにとんでもないヘマをやらかす。クールなサンゴロウにも惹かれるが、小学生の私にとっては、未熟な頑張り屋さん、イカマルが最も身近な存在だった。私はイカマルが何をするか、どうなっていくかが知りたくて堪らなくて、イカマルのために本を読んでいた。これほどまでに大好きになったキャラクターは、イカマルが初めてだったと思う。

 私の書く小説にはよく乗り物が出てくる。車を運転したり電車や船に乗ったりするのが特別好きなわけでもないのに、それらを頻繁に登場させてしまうのは、たぶん、うみねこ族たちとの思い出があるからだ。自分の船をかけがえのない相棒として扱い、船と共に生きるサンゴロウたちを見て育ったので、「乗り物=主人公の相棒」というイメージが抜けないのだろう。

 高校3年生のとき、「黒ねこサンゴロウ」シリーズの挿絵を描いている絵本作家・鈴木まもるさんの講演会に行ったことがある。講演会の情報を教えてくれたのは母だった。近所の市民図書館にチラシが置いてあったのを見つけて、母が「鈴木まもるさんが来るらしいよ。行きたいなら連れて行くよ」と言ってくれたのだ。私は少なからず驚いた。確かに、母には何度もサンゴロウの話をしていたけれど、まさか作者の名前を覚えていたなんて。「お母さんは意外と私の話を聞いてくれてるんだな」などと若干失礼なことを考えた。

 中学生の頃から小説家になりたいと思っていたが、その夢について家族にきちんと話したことは一度もなかった。憧れの鈴木まもるさんの講演会を聞きながら、「やっぱり私は物語を作る仕事がしたい」と決意を新たにしたのだが、やっぱり母には言えなかった。母は小説に興味がないから、きっと心配されるし反対されるだろう。だから結果を出さなければ、と思った。今思えば、母に対しても自分の夢に対しても不誠実な態度だが、勇気と自信が足りなかった。

 サンゴロウはとてもかっこいい主人公なのだが、見ていて危なっかしいところがある。糸の切れた凧のように、誰にも何にも告げずふらりとどこかにいってしまいそうな、ミステリアスな一面があるのだ。イカマルはそんなサンゴロウを心配し、力になりたいと思っている。しかしその想いを口に出すことはできない。実力は到底サンゴロウに及ばないし、マリン号のように美しい船も持っていない。勇気と自信がちょっとだけ足りないのだ。シリーズ7作目『青いジョーカー』の中でイカマルは独白する。

「ぼくは、ほんとに、親分の相棒になりたいよ。いっしょに遠くまで旅をしたい。でも、まだまだだ。ぼくには、やらなきゃいけないことがいっぱいある。がんばって、一人前になる。あきらめない。おいつけなくても、いけるとこまでいく。それまで、まっててください」

 大人になった今でも、私はイカマルの言葉に自分自身を投影している。

 もうすぐ、デビューしてから1年が経つ。本をまったく読まない家族も今では小説家という仕事のことを応援してくれているが、私はまだ船を出したばかり。まだまだ、やらなきゃいけないことがいっぱいある。早く一人前になれるよう、もっともっと力を尽くしていきたいと思う。