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「デミーンの自殺者たち」書評 暴力が起きた状況を克明に復元

評者: 藤野裕子 / 朝⽇新聞掲載:2023年07月15日
デミーンの自殺者たち 独ソ戦末期にドイツ北部の町で起きた悲劇 著者:エマニュエル・ドロア 出版社:人文書院 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784409510988
発売⽇: 2023/05/10
サイズ: 20cm/192p

「デミーンの自殺者たち」 [著]エマニュエル・ドロア

 ドイツ北部の小さな町、デミーン。三つの川が流れ、橋によってベルリンにつながっていた。
 第2次大戦末期の1945年5月、この地でドイツ史上最大規模の集団自殺が起きた。その数は900人とも1千人ともいわれる。町に侵攻したソ連軍の兵士が、多くの女性を強姦(ごうかん)し、家屋を略奪・放火した結果だった。自殺者の75%が女性や若者、子どもだった。
 この凄惨(せいさん)な暴力が起きた理由を解き明かすのが本書の目的だ。だが著者は暴力行為そのものを描写しない。行為が生み出された状況のほうに着目し、そのメカニズムに迫る。
 特に重視するのは、当時のデミーンが無法状態にあり、外界から遮断されていたことだ。ソ連軍が町を包囲すると、市当局者や警察、国防軍は市民を残して悉(ことごと)く町から脱出した。そして、軍は町の出口に当たる橋を爆破した。デミーンは秩序を維持する政治的・軍事的権力のない袋小路となった。ドイツ軍自身によって作り出されたこの特異な空間で、町に到着しアルコールを飲んだソ連兵士は、緊張状態から解き放たれ、数々の暴行に及んだ。
 加えて著者は、戦争末期のドイツに自死願望が蔓延(まんえん)していたことを指摘する。デミーン以外でも、ドイツ国内の複数箇所で集団自殺が起きていたのだ。
 デミーンで暴力の記憶が公に語られたのは、終戦から50年経ってからだ。2000年代になると、極右勢力がこの出来事を政治的に利用し始める。ドイツも残虐行為の被害者であったことを強調し、ナチの加害責任を相対化しようというのだ。デミーンの悲劇にドイツ軍が密接に関わっていたことを著者が強調するのは、そのロジックを否定するためでもある。
 史料・証言に基づいて暴力が起きた状況を克明に復元する。その叙述は、暴力の複雑な力学を浮かび上がらせ、歴史を利用する政治的な動きに抗(あらが)う力になることを、改めて痛感した。
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Emmanuel Droit 1978年生まれ。ストラスブール政治学院教授。専門は東ドイツ史、20世紀の共産主義。