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「セーフティネットと集団」書評 人と人の関係こそ「社会の核」に

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2023年07月22日
セーフティネットと集団 新たなつながりを求めて 著者:玄田有史 出版社:日経BP日本経済新聞出版 ジャンル:経済

ISBN: 9784296118113
発売⽇: 2023/05/23
サイズ: 19cm/261p

「セーフティネットと集団」 [編]玄田有史+連合総合生活開発研究所

 今やコロナ禍は一段落、労働市場は人手不足一色に塗りつぶされている。渦中にあった時の切迫感は、喉元(のどもと)過ぎればの言葉通り、忘れられつつはないだろうか。本書は、このパンデミックに際し、日本の安全網(セーフティネット)がどう機能し(なかっ)たのかを題材に、このような世間の風潮を静かに諫(いさ)めているように読める。様々な識者の論考に、経糸(たていと)として安全網の制度と機能の解説が、緯糸(よこいと)として現下生まれつつある新しい集団や人々のつながりが編み込まれている。そして繰り返し、私たちの生活の最後の砦(とりで)を築くには、国か個人かに丸投げせず、その中間の、人と人との関係を紡ぎだすことが大事だと教えてくれる。
 前半ではコロナ禍の状況をデータで確認する。そこで明らかにされる、「第2のセーフティネット」の代表格たる求職者支援制度(再就職活動を条件とした生活援助)も、「最後のセーフティネット」(生活保護制度)も、利用者が増えなかったという事実は重い。当時支えが必要だった人は、いともたやすく安全網をすり抜けてしまったことになるからだ。いったいこの人たちはどうなってしまったのだろうか。
 後半は将来構想に重点が移る。目を引くのは、現在も雇用慣行の根幹である「労使自治」は、実は人々の支えにはなっていないとする論考だ。確かに、会社から放り出されてしまえば今の労使コミュニケーションは生活の役に立たない。今後は、会社から離れた時にも仲間とつながり続ける方法が必要だと、諸外国の事例を交えて提案している。
 本書の目指すところは、あくまでも刻々と変わる現状に応じた安全網のメンテナンスだ。その実、人と人の新しいつながりを社会の核とする見方は、あらゆる角度に応用が利く。たとえば少子化問題は、所得再分配や個人のライフスタイルからだけではなく、この角度からも別の根が見えてくるのではないだろうか。
    ◇
げんだ・ゆうじ 1964年生まれ。東京大社会科学研究所教授、所長。連合のシンクタンク、連合総研は1987年設立。