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「通訳者と戦争犯罪」書評 加害の場に立ち会う者に責任は

評者: 藤野裕子 / 朝⽇新聞掲載:2023年08月12日
通訳者と戦争犯罪 著者:武田珂代子 出版社:みすず書房 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784622096177
発売⽇: 2023/06/20
サイズ: 20cm/282,26p

「通訳者と戦争犯罪」 [著]武田珂代子

 言われてみれば、確かに戦争に通訳者は不可欠だ。交戦国とは言語が異なることが多い。民間人や捕虜との意思疎通には言語的な仲介者が必要となる。実際、第2次世界大戦では多くの通訳者が日本軍に従軍した。終戦後彼らは、捕虜の虐待などを扱うBC級戦争犯罪裁判の被告となった。
 拷問の場に立ち会った通訳者も虐待の責任を問われるべきか。ただのメッセンジャーだとして免責されるべきか。通訳者でもある著者はこの問いを掲げ、戦犯裁判で日本の通訳者がどう裁かれたかを検証し、戦争・紛争時に通訳者が置かれる構造を理論的に考察した。
 起訴された通訳者は105人。ほとんどが有罪判決を受けた。死刑となった31人の半数以上が、旧植民地出身者だ。裁判では、通訳者が虐待に関与したかどうかが争われた。被告・弁護人は「通訳していただけ」だとし、上官の命令には逆らえなかったと主張した。台湾人の通訳者は、日本の植民地支配を受けていた状況を述べ、減刑を嘆願した。
 しかし判決では、上官命令が違法行為である限り、関与した通訳者も責任があるとされた。裁く戦勝国側の人種的な優越感も垣間見える。カナダで生まれ育った日本人通訳者に対しては、「文明的」な教育を受けていながら虐待に関与したとして死刑となった。
 戦争や紛争時に通訳者が犯罪に巻き込まれる要因として、雇用者との近さがあると著者はいう。敵国の話者と対面で接するため、通訳者こそが主導者だという印象も生まれやすい。一方、通訳者の語る言葉は、暴力行為を可能にする力を持つから、「通訳していただけ」ではすまない倫理的な責任があるとも指摘する。
 戦争を考える際、兵士以外の存在を見落としがちだ。加害に関与させられる通訳の現場に、植民地の人々を含め、誰がどのように立つことになったのか。この視点から、過去の戦争と植民地支配を見直す必要性に気づかされる。
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たけだ・かよこ 専門は翻訳通訳学。立教大特別専任教授。著書に『東京裁判における通訳』など。