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「パシヨン」 禁教の世 交錯する情熱と使命 朝日新聞書評から 

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2023年08月26日
パシヨン 著者:川越 宗一 出版社:PHP研究所 ジャンル:小説

ISBN: 9784569854861
発売⽇: 2023/06/27
サイズ: 20cm/445p

「パシヨン」 [著]川越宗一

 国家や民族、異文化の摩擦を超克しようとする者たちの姿を、サハリンなどを舞台に描いた直木賞受賞作『熱源』。その著者である川越宗一氏が今作でテーマにするのは、キリスト教の禁教の時代に「最後の日本人司祭」となった小西マンショの生涯である。
 小西マンショは幼名を彦七と言い、キリシタン大名・小西行長の孫として生まれた人物だ。
 行長が関ケ原の戦いで西軍側についたことで、彼の境遇は大きく変わった。行長は斬首され、母で対馬藩の宗家に嫁いだ行長の娘マリヤは離縁。マリヤは彦七を連れて長崎に向かうが早逝(そうせい)し、孤児となった彦七はその地で小西家の遺臣に育てられることになる。
 生き生きと描かれる小西マンショの生涯を読みながら、「現代」を照らし出す時代小説の想像力に圧倒された。
 一人の潑溂(はつらつ)とした少年は行長の孫として生まれたという立場故に小西家再興の重圧に葛藤を覚えながら、それでも信仰の道を選ぼうとする。
 長崎を発ったとき、教えを受けた邦人初の司祭・木村セバスチアンが、悩める彦七にこう語りかける場面があった。
 「自由とは常に選び続けることであろう。選ぶには、そこに道があると知らねばならぬ。選んでも、歩き方を知らねば歩けぬ」
 学ぶということは、自由を得るということ。
 自らの道を自ら決める自由がままならない禁制の時代、彦七は受難の時を生きる情熱と使命を次第に抱いていく。司祭の不在の中で信仰を続けようとする人々を支えるため、長い旅を続けるその生き方は、あたかも一筋の光のような軌跡を残していくかに見えた。
 また、本書のもう一人の主人公と言えるのが、幕府の禁教政策を推進する井上政重だ。著者は政重側から見た風景を彦七の旅に重ね、立場の異なる二人の人生が交錯する過程を重厚に描き出している。
 そうして彦七の旅を描く物語は、いずれ島原の乱の凄惨(せいさん)な戦いへと流れ込んでいく。〈争いの原因は見失われ、過程だけが暴れ回り、結果だけが全てを薙(な)ぎ倒してゆく〉ような戦の渦中、人と人とはなぜ争わねばならないのか、と懊悩(おうのう)する彦七の姿が胸に迫る。
 幕府の統治を完遂しようとする政重と、受難の中で言葉を振り絞る彦七――最後の瞬間に二人の間に兆す何かは、果たして希望だったのだろうか。争いの連鎖をいかにして断ち切るかという普遍的な問いが、読後、いつまでも心に響いていた。
    ◇
かわごえ・そういち 1978年生まれ。作家。『天地に燦たり』で松本清張賞を受賞し、作家デビュー。『熱源』で直木賞。ほかに『海神の子』『見果てぬ王道』など。今作で中央公論文芸賞を受賞している。