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「我が手の太陽」書評 プライドと焦り 濃密な緊張感

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2023年09月16日
我が手の太陽 著者:石田 夏穂 出版社:講談社 ジャンル:小説

ISBN: 9784065330760
発売⽇: 2023/07/13
サイズ: 20cm/140p

「我が手の太陽」 [著]石田夏穂

 激しく熱せられた高温の鉄の赤さ、プラントから立ち昇る蒸気や機械油の匂い……。そんな「現場」の濃密な空気が息苦しいほどに漂う。
 本書の主人公である伊東は、「カワダ工業」に勤務する来年40歳の熟練工だ。社内で最も欠陥率が低い彼の溶接の技は、「カワダのエース」として自他ともに認めるものだった。ところが、その伊東が突如としてスランプに陥り、「自分の本業ではない」と感じる現場に飛ばされるところから物語は始まる。
 現場での「フェール」(失敗)をどうしても認められず、かつての自分を取り戻そうと焦れば焦るほど、伊東は得体(えたい)の知れない場所に追い詰められていってしまう。
 誰よりも溶接の腕を磨き、技術によって自らを表現する寡黙な男の中で、確かに積み上げられてきたはずのプライドが崩れていく様子が恐ろしい。
 〈お前は自分の仕事を馬鹿にされるのを嫌う。お前自身が、誰より馬鹿にしているというのに〉
 「いつも通り」の自分に裏切られて戸惑い、胸裡(きょうり)に渦巻くようにあった矜持(きょうじ)と自信に溺れるように、疑心暗鬼に絡めとられていく伊東。そんな彼の裡(うち)に幾度も語りかける幻影は、「仕事」とは何かという問いを強く投げかけるものでもあるだろう。
 高い技術を求められる仕事は、確かなプライドがなければ務まらない。だが、伊東にはそれ故に管理者や現場の他の仕事を見下しているところがあって、「人の上に立つ」ことにも関心がなかった。
 技術の高さと経験に裏打ちされた自信が、慢心と紙一重のものであるということは残酷だ。
 そして、現状をなんとか打破しようともがく伊東の心理を映し出す、溶接の場面のなんと濃密なことか。専門用語を駆使したリアリズムから生み出される強い身体性に、息詰まるような緊張感を抱かずにはいられなかった。
    ◇
いしだ・かほ 1991年生まれ。作家。著書に、すばる文学賞佳作の『我が友、スミス』、『ケチる貴方』など。