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「天災ものがたり」書評 困難な国土に生きる人々の視点

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2023年10月07日
天災ものがたり 著者:門井 慶喜 出版社:講談社 ジャンル:小説

ISBN: 9784065297797
発売⽇: 2023/07/26
サイズ: 20cm/348p

「天災ものがたり」 [著]門井慶喜

 日本は「天災」と切っても切れない歴史を持つ国だ。国土の多くが急峻(きゅうしゅん)な山に囲まれ、火山があり、地震や津波も起こる。本書で著者が描くのは、そのような厳しい国土で災害に翻弄(ほんろう)されながら、それでも「未来」を見つめようとする6編の物語である。
 例えば、山梨県を流れる釜無川。甲府盆地で御勅使川(みだいがわ)と合流する場所に、武田信玄が川の暴れを治めるために考案した「信玄堤」がある。「一国の国主」ではこの「信玄堤」がいかに生み出されたかが、若き日の信玄の葛藤とともに描かれる。〈築堤と、河道改修と、遊水地保全から成る総合制御システム〉である治水工法の誕生の物語は、毎年のように豪雨災害が起こる現代の日本を照らすものでもあるだろう。
 明治29(1896)年の三陸の大津波の後、高台での村づくりに込められた希望とその挫折から、海と共に生きる民の思いを描いた「漁師」も心に響く。津波からの復興をめぐって、「近代」の萌芽(ほうが)が人々の心の裡(うち)に現れる瞬間が目に見えるようだった。さらには鎌倉時代の初期、寛喜2(1230)年の大飢饉(ききん)の中で人身売買に手を染めた一人の商人の末路を描く「人身売買商」。富士山の噴火の灰を片付ける男の生き様を通して、土木作業という仕事への矜持(きょうじ)と故郷への愛を描いた「除灰作業員」……。
 それぞれに貫かれているのは、困難な国土に生きる人々の小さな視線から、文明と災害との関係を照らし出そうとする著者の眼差(まなざ)しだ。その意味でもしみじみとした感動を覚えたのが、昭和38(1963)年の「裏日本豪雪」をテーマにした「小学校教師」。ある女性教諭が里帰り中に雪害で東京に戻れなくなる。代わりに教壇に立つことになった引っ込み思案の新人男性教諭は、豪雪のニュースを手掛かりに、児童に語るべき言葉を手に入れていく。一人の教師のささやかな成長の描写の温かさが胸に沁(し)みた。
    ◇
かどい・よしのぶ 1971年生まれ。作家。2018年に『銀河鉄道の父』で直木賞を受賞。歴史小説を多数執筆。