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「プライバシーこそ力」書評 権力の濫用から個人を守る手段

評者: 藤田結子 / 朝⽇新聞掲載:2023年10月21日
プライバシーこそ力 なぜ、どのように、あなたは自分のデータを巨大企業から取り戻すべきか 著者:カリッサ・ヴェリツ 出版社:花伝社 ジャンル:経営・ビジネス

ISBN: 9784763420749
発売⽇: 2023/07/24
サイズ: 19cm/258,25p

「プライバシーこそ力」 [著]カリッサ・ヴェリツ

 若者たちがアプリで位置情報を共有し、暇な時に近くの友だちを探したり、大学にいる友だちを見つけて出席の代返を頼んだりしている。企業に自分の位置を知られることをどう思うか聞くと、深く考えたことがないという。監視に慣らされつつあるのだろうか。
 このような個人データの収集をめぐる問題を本書は論じる。オックスフォード大の若手哲学者による原著の出版は少し前の2020年。だが本書の肝は、最新技術の解説ではない。プライバシーと権力の関係を一般読者にわかりやすく伝えることにある。
 著者によれば、私たちはスマホ等の機器を使うことで、あらゆる個人情報を収集、売買されている。起床時間から性的活動、将来かかる可能性のある病気、人間関係が知られてしまう。企業はその個人情報を基に、私たちを巧みに誘導し、特定のアプリやプラットフォーム、広告、情報に向かわせる。
 それだけではない。企業がより多くの個人データを収集すれば、政府は、監視をしやすくなる。国民が自分に不利に作用する状況を、自ら求めるような社会システムも作り出せる。プライバシーは権力の濫用(らんよう)から個人を守り、健全な民主主義に不可欠なのだ。
 また著者は、プライバシー保護は技術革新を犠牲にする、というよくある批判に反論する。AIの開発で最も難しい問題は技術面であり、大量の個人データを搾取したからといって解決するわけではないという。
 政策決定者への提案にくわえ、読者が今できることを著者は伝える。電子機器はアナログなものを選択しよう。電子メールは丸見えの葉書のようなもの。プライバシーを重視するサービスを利用しよう。ブラウザも同様だ。プライバシーに配慮して設計したサービスは本書で紹介されている。本書はプライバシーの喪失が私たちに何をもたらすかを考えるうえで役立つだろう。
    ◇
Carissa Véliz 英オックスフォード大哲学科およびAI倫理研究所准教授。