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非日常をひとりで独占する楽しさ まろ・マキヒロチ「おひとりさまホテル」(第140回)

 昭和の時代、「ひとりで行動する女子」は少なかった。小学校ではトイレに行くのにも友達を誘い、大学生になってもひとりでは外食できない女子はそれほど珍しくなかった。入るとしても、せいぜい喫茶店やハンバーガーショップくらい。ラーメン屋や牛丼屋で女性のひとり客を見ることはほとんどなかったように思う。

 今世紀に入って女性が「おひとりさま」で飲食店に行くことも当たり前になってきた中、「女子のひとり酒」を描いて注目されたのが、2011年から「月刊コミックゼノン」(コアミックス)で始まった『ワカコ酒』(新久千映)だ。連載は今なお続き、武田梨奈主演のテレビドラマも今年で「シーズン7」まで放送されている。

 村崎ワカコは酒とうまいものに目がない26歳のOL。一見おとなしそうだが、若い女性にはハードルが高そうな大衆居酒屋にも平然と乗り込み、いつも自然体でひとり酒を楽しんでいる。友達がいないわけではない。ヒロキという彼氏だっているのだが、デートよりもひとり酒を優先する。「付き合ってくれる人がいない」からではなく、あくまで「ひとりで飲むのが好き」なのだ。確かに人と食事をすると会話に気を取られ、味など二の次になってしまう。純粋に酒と料理を楽しみたければ、ひとりの方がいいだろう。

 昨年から「月刊コミックバンチ」(新潮社)で始まった『おひとりさまホテル』(原案:まろ、漫画:マキヒロチ)は、タイトル通りひとりでホテルライフを楽しむ物語だ。

 仕事は楽しいが元カレに未練もたっぷり、最も感情移入しやすそうな塩川史香(ふみか)、ゲイでアートホテルが好きな森島賢人、平日はホテルで暮らしている中島若葉、日本ならではのクラシックホテルを愛する韓国人のキム・ミンジ。ホテル設計会社に勤める4人のアラサーを主人公に、毎回魅力的なホテルが紹介される。

 1873年に創業した「日光金谷ホテル」(栃木県)から、2020年オープンの「白井屋ホテル」(群馬県)、「K5」(東京都中央区)、「アンテルーム那覇」(沖縄県)といった最新のホテルまで。店名が出てこない『ワカコ酒』と対照的に、登場するのは実在するホテルばかりだ。1泊10万円を超える「星のや富士」(山梨県)をはじめ、宿泊料金は3万円以上と決して安くはないが、無理して一度は泊まりたい“あこがれのホテル”たちが顔をそろえる。

 金銭の問題を抜きにすれば、人目が気にならない「ひとりホテル」は「ひとり酒」よりも抵抗がないだろう。細部までこだわり抜いた非日常的なホテル空間は、ひとりで独占してこそしっかりと味わえる。ひたすら料理と酒のペアリングを追求し、主人公のプライバシーにほとんど触れない『ワカコ酒』に対して、『おひとりさまホテル』では4人それぞれの恋や悩みもていねいに描かれる。せわしない日常を離れ、改めて自分を見つめ直すためにも、ホテルで過ごすひとりの時間はかけがえのないものであることが伝わってくる。

 ところで、史香や若葉がフツーに「出会い系アプリ」を使って恋人を探しているのに驚いた。平成生まれ世代にはそんなに身近なものなのか?