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「戦死者たちの源平合戦」書評 歴史の一筋縄ではいかぬ奥深さ

評者: 澤田瞳子 / 朝⽇新聞掲載:2024年01月13日
戦死者たちの源平合戦 生への執着、死者への祈り (歴史文化ライブラリー) 著者:田辺 旬 出版社:吉川弘文館 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784642059794
発売⽇: 2023/10/20
サイズ: 19cm/176p

「戦死者たちの源平合戦」 [著]田辺旬

 12世紀末に日本列島を巻き込んだ源氏と平家の戦い、いわゆる「治承(じしょう)・寿永(じゅえい)の内乱」は、『平家物語』の存在もあり、今日の我々にも馴染(なじ)み深い歴史上の戦の一つである。本書は新しい政治権力・鎌倉幕府を誕生させたこの内乱での死者の扱いの分析を通じ、当時の死や戦への意識、更には人々が戦後社会にいかに対峙(たいじ)したかを明らかにする。
 我々は武士という存在を時に、「命よりも名を惜しむ」近世的感覚で眺めがちだ。しかし生に対して強い執着心を抱き、時に騙(だま)し討ちに近い勝ち方をも選ぶ彼らの姿は、そういった一元的な武士理解を強く拒む。
 また戦で死者の首級を奪う行為は、現代的感覚からすれば大変残虐なものと映る。しかしそれが自分の戦功になるのみならず、味方の士気にも強く関わるため、自害する前に己の顔を傷つけたり、死者の顔の皮を剝いで捨てたりもした実例は興味深い。個人を特定する手立てが数少なかった時代ならではの合理性は、戦争の残虐さではなく、武士の極めて現実的な側面を浮き彫りにする。
 一方で、内乱収束の後に行われた戦後処理――ことに敗北者側をも含んだ戦死者鎮魂のありかたからは、殺生や戦争を否定せぬ価値観が浮かび上がる。筆者はその代表として法皇・後白河の仏事を分析するが、彼は息子の妻にして清盛の娘、そして壇ノ浦の戦いの生き残りである徳子を、その隠棲(いんせい)先の大原に訪問している。勝者が戦争を是としつつ、滅ぼされた人々を鎮魂する生き残りをいたわり、保護する。このあり様は一面では残酷なものと映る。加えて庶民の戦争被害を配慮する概念が鎌倉期には見られないとの指摘、また鎌倉幕府による戦死者顕彰の分析などは、現在の価値観のみでは推し量れぬ中世の多面性を分かりやすく提示する。なまじ馴染みの深い源平の世を対象とすればこそ、歴史の一筋縄ではいかぬ奥深さを感じられる一冊である。
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たなべ・じゅん 1981年生まれ。東京都立浅草高校教諭。