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「カワセミ都市トーキョー」書評 観察日記で浮かぶ新たな生態系

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2024年03月09日
カワセミ都市トーキョー 「幻の鳥」はなぜ高級住宅街で暮らすのか (平凡社新書) 著者:柳瀬 博一 出版社:平凡社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784582860498
発売⽇: 2024/01/17
サイズ: 18cm/302p

「カワセミ都市トーキョー」 [著]柳瀬博一

 鮮やかなコバルトブルーのその容姿から、「清流の宝石」と呼ばれるカワセミ。三面コンクリートに囲まれた東京の河川で、そんなカワセミの姿がいつからかよく見られるようになったという。
 なぜ、カワセミは都市の中で繁殖をするようになったのか。本書はその“謎”を探究することで、意外な角度から東京の「いま」の姿を浮かび上がらせる都市論である。
 東京では戦後の開発と環境の汚染によって、カワセミが一度は姿を消した。だが、現在では「高級住宅街」に当たる地域で子育てを行っているという。
 では、カワセミの好む環境と高級住宅街が重なるのは何故(なぜ)なのか。著者は科学ジャーナリスト、フレッド・ピアスの〈新しい野生〉という概念などを用い、都市空間にいかにしてカワセミが適応しているかを、詳細な観察日記をもとに明らかにしていく。カワセミの知覚する“環世界”を愛情たっぷりに描きながら、人間を含む生態系をダイナミックに浮かび上がらせる視点が刺激的だ。
 そのなかで見出(みいだ)されるのが、東京の地形的な特徴だ。東京には高度成長期にも保全された〈古い野生〉が存在し、その源流からの湧水(ゆうすい)が小さな河川に合流している。枝葉のように並ぶそんな“小流域”群が、〈古い野生〉と〈新しい野生〉を接続し、カワセミの好む新たな生態系が作り出されてきた、というわけだ。
 コンクリートの壁の水抜きの穴に巣を作り、外来生物を餌としてたくましく繁殖するカワセミたち。その生活史と都市の変遷の関係を追うことは、〈東京ならではの、これまでにない新しく豊かな生態系〉を創出する可能性を考えることにもつながる。
 カワセミの暮らす街は、人間にとっても居心地の良い街――。その理由を観察と論考によって具体的に示す著者の眼差(まなざ)しは、都市を見る「眼(め)」を養う面白さも教えてくれた。
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やなせ・ひろいち 1964年生まれ。東京工業大リベラルアーツ研究教育院教授。著書に『国道16号線』など。