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ベンジャミン・フランクリン、アメリカ人になる [著]ゴードン・S・ウッド

[評者]久保文明(東京大学教授)

[掲載]2010年11月14日

[ジャンル]歴史 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■労働を巡る価値観一転、英雄に

 きわめて水準の高い歴史書である。通俗的なフランクリン伝記ではない。すでに多数の優れた研究を発表してきた著者は本書において、フランクリンについて、なぜ成功した実業家の側面がとくに語り継がれることになったのかについて、重厚な語り口で説明してくれる。
 フランクリンは資本主義的精神の成功の象徴となったが、同時に「皮相的なブルジョワのアメリカ」を代表することにもなり、そのために毀誉褒貶(きよほうへん)にさらされることにもなった。
 フランクリンは50歳代以後の年月の多くをイギリスとフランスで過ごした。彼はヨーロッパでは「計り知れないほど尊敬されてい」たが、アメリカでは多数の批判者を抱えていた。1790年に84歳で逝去したときフランス人はフランクリンに最大限の賛辞を捧(ささ)げたが、アメリカでの反応は対照的であった。これは約10年後に他界したワシントンが何百もの追悼演説を受けたこととも大きく異なる。
 ところが、しばらくしてから、フランクリンは印刷職人たちの間で英雄となっていった。実は19世紀初めのアメリカ社会において、根本的な価値観の転換が起こりつつあった。働かなくてよい貴族的な紳士層はかつて、若きフランクリンが加わることを熱望していた「尊敬された階級」であったが、いまや額に汗して「勤勉に働く階層」が英雄となった。金のために働くことに対する何千年もの貴族的な軽蔑(けいべつ)が、このアメリカの地において、たった数十年間で、いとも簡単に粉砕されたのである。この大転換とともに、フランクリンもアメリカの夢を体現した人物に、すなわち「アメリカ人となった」。
 アメリカ史も含め歴史研究は近年、人種、民族、階級、ジェンダー等さまざまな視角から細分化されている。白人男性、ましてその「成功者」の研究となるとそれだけで拒否反応を示す歴史学者も少なくない。しかし本書は、伝統的な伝記研究という手法であっても、社会の価値観の転換などに着目することで優れた成果を生み出せることを示唆している。
 評・久保文明(東京大学教授・アメリカ政治)
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 池田年穂ほか訳、慶応義塾大学出版会・3780円/Gordon S.Wood 33年生まれ。米国の歴史家。

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