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神父と頭蓋骨 北京原人を発見した「異端者」と進化論の発展 [著]アミール・D・アクゼル著 

[評者]田中貴子(甲南大学教授)

[掲載]2010年08月29日

[ジャンル]科学・生物 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■宗教家と科学者の間を生きる

 古い骨のかけらが、歴史を変えることがある。
 北京原人の頭蓋骨(ずがいこつ)は、サルからヒトへの進化の過程を証明する重要な手がかりという。カトリックが認知していない進化論を信奉するテイヤール神父が、1929年の頭蓋骨発掘に遭遇したのは、まさに歴史の気まぐれだった。この出来事により、古生物学者でもあるテイヤールは、宗教と科学という大問題に正面から取り組むようになる。
 というと、相反する立場にある宗教と科学の葛藤(かっとう)を描いた小難しい学術書のようだが、本書は中国に滞在していたテイヤールを主人公とした科学ノンフィクションである。テイヤールの生涯を追ってゆくと、物語のようにするする読み進められるからご安心を。
 ただし、テイヤールの思想や行動を正当化しようとやや強引な記述を行っているところが目立つ。また、カトリック教会と思想的に相いれないためにテイヤールが中国へ赴任させられたことを「流刑」と呼ぶのは、中国に対する白人優位意識の表れである。原人発掘は中国人研究者の手になるもので、テイヤールは一研究者として鑑定に携わったにすぎないのであり、タイトルほどドラマチックな展開にはなってゆかないのである。
 ところが、本書は別の読み方をすればおもしろい側面を見せてくるのだ。テイヤールと頭蓋骨との邂逅(かいこう)に至るまでの18〜19世紀ヨーロッパの科学史が素人にとって実にわかりやすく記述されていて、宗教と科学とが案外近い位置にあることがすんなり理解されるのである。そういえば、エンドウ豆であの「遺伝の法則」を見いだしたのもメンデル神父だった。
 また、原人の頭蓋骨は第2次世界大戦のとき日本軍の追及を避けるためにアメリカに送られたというが、そこで突然行方知れずになってしまう。いまだ見つかっていない頭蓋骨の謎を空想して楽しんだりもできる。
 小学生の頃、夏休みの宿題を放り出して読みふけった科学読み物のようなわくわく感を味わえる本である。ああ、今年も夏が終わるなあ……。
 評・田中貴子(甲南大学教授・日本文学)
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 林大訳、早川書房・2310円/Amir D. Aczel 統計学者・科学ノンフィクション作家。

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