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ライシャワーの昭和史 [著]ジョージ・R・パッカード

[評者]久保文明(東京大学教授)

[掲載]2010年01月24日

[ジャンル]歴史 政治 国際

表紙画像


■尊敬する師を公平・実証的に描く

 1960年は日米関係にとって危機の年であった。アイゼンハワー大統領の訪日は日米安全保障条約改定への反対運動のために直前にキャンセルされた。これを見て「日本との断たれた対話」という論文を「フォーリン・アフェアーズ」誌に発表したのが、ハーバード大学教授ライシャワーであった。すでに日本研究の権威として知られていた彼は、翌年ケネディ大統領によって駐日大使に指名される。人生の大きな転換であった。大使として、ライシャワーはアメリカ側、とくに軍関係者に日本を対等に扱うよう説得する。そして日米文化教育交流会議(カルコン)の立ち上げに貢献し、両国関係を、安保を超えた膨らみをもつものに拡大しようと努めた。暗殺のため実現せずに終わったが、ケネディ訪日もほぼ決定していた。
 ライシャワーは日本の歴史に関して、非マルクス主義的で日本に好意的な解釈を提示したことでもよく知られている。それゆえに、同時代にはとくに日本の知的世界において批判的にみられることが多かった。
 しかし、ライシャワーに関して注目に値するのは、早くからアメリカのベトナム介入に反対であり、中国との国交正常化を支持してきたことである。典型的な冷戦の闘士的な発想からはかなり自由であった。しかし、大使就任後はそれらの持論を封印せざるをえなくなる。大使時代に補佐官として彼に仕えた著者は、ベトナム戦争を拡大したジョンソン政権の下、ライシャワーは長く大使に留(とど)まりすぎたのではないかと論ずる。
 80年代に通商摩擦が激化し、日本脅威論が高まる中、彼は日本に甘過ぎる専門家として再び批判の矢面に立たされた。
 自分が尊敬する元上司かつ学問的恩師の伝記を書くことは、さほど容易なことではない。ただ褒めたたえるだけであれば簡単である。しかし、歴史学者の間で通用する、公平にして批判的な視点も伴った実証性のある伝記を書きあげることは至難の業であろう。著者は、それを本書においてかなりの程度やり遂げたと考えられる。
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 森山尚美訳、講談社・2730円/George R. Packard 32年生まれ。元駐日アメリカ大使特別補佐官。

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