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のぼりくだりの… [詩]まど・みちお[絵]保手濱拓

[評者]穂村弘(歌人)

[掲載]2010年01月24日

[ジャンル]文芸

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■100歳の生の実感「ごおーっ」

 作者は童謡「ぞうさん」で知られる詩人。昨年百回目の誕生日を迎えたらしい。
 「耳をすますと/また聞こえる/このま夜中に/重たーい闇がな/俺(おれ)の耳の奥の奥に/休みもせんでな/ごおーっとな/続きっぱなしにな(後略)」(耳をすますと)
 これが百歳の生の実感か、と思う。四十七歳の私の耳に「ごおーっ」は聞こえない。でも、体調が悪いときに耳鳴りがしたり、自分自身の脈の音が聞こえたりして驚くことはある。大抵は一晩眠って起きると消えているけど、本当はずっと鳴り続けてるんだろう。だって、血の流れる音や食べ物を消化する音や細胞が入れ替わる音を全(すべ)て混ぜて拡大したら、「ごおーっ」になりそうだ。それって命の音そのものなんじゃないか。そういえば、赤ん坊は母親の胎内で轟音(ごうおん)を聞いているって話も聞いたことがある。
 「ごおーっ」が我々の普段の耳に聞こえないのは、その上に体の丈夫さとか言葉とか社会的な意識とかが何重にも被(かぶ)さっているからだと思う。だから、それらの影響圏から遠い子供や高齢者ほど、よく聞こえるんじゃないか。
 私たちの社会生活も趣味も愛情も、全ては圧倒的な「ごおーっ」の上に辛うじて成り立っているのか。一皮剥(む)けば「ごおーっ」か。怖くなりながらさらに読み進むと、こんな詩が現れた。
 「ただの/ひとり/ぽつんと/してると/きこえてくる/んだよな/こどものころの/あのにぎやかな/うんどうかいの/ハナにむらがる/ミツバチの/おしゃべりの/あまい/あまい/ねっとり/うっとり/そのもの/だけが」(うんどうかい)
 ああ、と思う。忘れてたけどなんか覚えがある。この夢のように甘いおしゃべりって、正反対のようで実は「ごおーっ」とひとつのものなんじゃないか。だって、我々大人の耳よりも、子供と百歳の耳に同じようによく聞こえてるんだから。
 人間の命の音を「ごおーっ」と「うっとり」の両面から描き出す。そんな言葉の力が本書には充(み)ちている。
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 理論社・1365円/まど・みちお 詩人。童謡「やぎさんゆうびん」なども。ほてはま・たく 80年生まれ。

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