シムノン「ブーベ氏の埋葬」書評 古き良きパリの風俗人情を活写
評者： 逢坂剛
／ 朝⽇新聞掲載：2011年02月27日
ブーベ氏の埋葬 （シムノン本格小説選）
著者：ジョルジュ・シムノン
出版社：河出書房新社
ジャンル：小説・文学
ISBN: 9784309205571
発売⽇：
サイズ: ２０ｃｍ／２０４ｐ
ブーベ氏の埋葬 [著]ジョルジュ・シムノン
これは、メグレ警視シリーズ以外の、シムノンの普通小説の一つである。とはいえ、シムノンらしく事件があり、捜査も謎解きもあるので、ミステリーとして読んでも不都合はない。
この作品の主人公は、冒頭２ページ目でパリの街頭に頓死する、ルネ・ブーベ氏である。
氏の急死を伝える新聞の写真を見て、いろいろな人が弔問にやって来る。やがて、彼は行方をくらました自分の夫で、姓はブーベではなくマーシュだ、と主張する女が現れる。次いで、２人のあいだの娘と名乗る女が訪れ、さらにブーベ氏の妹と称する老女も、登場してくる。そこへ氏の女性問題、遺産問題がからみ、複雑な人間関係があらわになっていく。
パリ警視庁の刑事、ムッシュー・ボーペールのねばり強い捜査で、ブーベ氏の過去がしだいに明らかになる過程が、人間味豊かに描かれるところは、いかにもシムノンらしい。
衝撃的な解決が待ち受けるわけではないが、パリの風俗人情を活写したこの小説は、古きよき時代の雰囲気を伝える佳作といえよう。そう、小説の真の主人公は、パリの街そのものかもしれない。
逢坂剛（作家）
＊
長島良三訳、河出書房新社・１７８５円
