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兵隊先生―沖縄戦、ある敗残兵の記録 [著]松本仁一

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2012年05月20日

[ジャンル]歴史 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■兵士として生きた世代の墓標

 戦場体験を語り継ぐことは、国民的財産である。大本営参謀たちの語る戦争体験は弁明、遁辞(とんじ)、そして非人間なのだが、兵士の証言は聞くだに辛(つら)い内容だ。だがそれを語り継がずして、この国の歴史から教訓は学べない。
 本書がそうした国民的財産の範たりえているのは、沖縄戦に航空隊の整備兵として送られた一兵士(義父)の戦場体験に著者が徹底的にこだわったからだ。このこだわりは新聞記者出身だからというのではなく、戦争の時代に巡り合わせた庶民の人生が、どのように変わるのかを次世代の者として確かめたいとの強い使命感に基づいている。兵士・康男の人生の背景に見え隠れする同時代人の運命、そして戦争を国策とした政治・軍事指導者たちがつくりだす俯瞰図(ふかんず)、著者の筆は、個人史を含めてとにかく緻密(ちみつ)であろうと心がける。
 沖縄戦でひたすら逃げまどう兵士たちのある者は死に、ある者は生きる。沖縄の人たちもまたガマの生活で、あるいは命じられるままに自決し、生死はわかれる。前半部で語られる康男の絶望的な心情は、沖縄のある一家との交わりの中で和らいでいく。やがて収容所に匿(かくま)われつつ仮設の小学校の教師として子供たちに接することで戦時の中に日常が取り戻されていく。著者の「地獄の窓から現世を見ているような、不思議な感覚」という類いの表現にはこうした言い方しかできないとの戦場体験が凝縮している。
 沖縄に上陸したアメリカ軍兵士は、捕虜も本土出身の兵士、台湾・朝鮮出身の兵士、そして沖縄出身の兵士・軍属・民間人の3種に分けて、その扱いを変えるよう指示されていた。本書の兵士の体験でそれが裏づけられているが、著者の意図は単に沖縄戦を見るのではなく、日米の戦争観の違いを浮きぼりにしつつ、この国の兵士として生きた世代に本書を墓標として立てているように思う。
    ◇
 新潮社・1470円/まつもと・じんいち 42年生まれ。元朝日新聞編集委員。著書に『アフリカで寝る』など。

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