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台湾生まれ 日本語育ち [著]温又柔

[評者]星野智幸(小説家)

[掲載]2016年02月21日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■母語というルーツを探る旅

 限りなく小説に近いエッセイの秀作だ。フィクションという意味ではなく、言葉では説明できないこの社会での力関係やマイナーな感覚を、それでも言葉で示そうと格闘し、成し遂げた文章だからだ。
 両親とともに3歳で日本に来て以来、日本で生きている著者は、初めて覚えた言葉として中国語、台湾語を話した記憶を持ちながら、日本語話者として育つ。だが、著者はそれを「母語」とは素直に呼べない。台湾人である自分、中国語、台湾語、日本語を混ぜこぜに話す親、日本語ネイティブで中国語が不得手だった祖父母。そのような環境で育った自分にとって、「母語」とは、国語とは、国とは何か、と著者は考え続ける。
 著者がそんな疑問を持つのは、日常の中で「日本人」や「日本語」が当然の前提として扱われるたびに、孤独と違和感を抱かされるからだ。これらは抽象的な問いなどではなく、自分にとっての普通を生きるための闘いなのだ。
 その例が選挙。日本では政治的権利がないことにやるせない思いでいた著者は、台湾でなら選挙権があることに興奮する。しかし文章からは、その興奮を支えている感情は、理不尽な疎外を強いられていることへの怒りであることが、静かに伝わってくる。
 最終章で著者はついに、自分の母語が、3つの言語を混ぜて話す母親の言葉であることを見いだす。個人的な言語こそが母語だったのだ。このかけがえのない発見に、日本語が豊かになる瞬間を見て、私も深く胸を打たれた。
 世のすべてを言葉として捉え、言葉として表現し尽くそうとする著者を、私は「文学の鬼」だと思うが、その文章は楽天的でとても優しい。
 今年の1月に行われた台湾総統選挙で、著者はついに初めての投票を体験した。その模様は、このエッセイ集の番外編として、白水社のウェッブサイトに掲載されている。併せて読んでほしい。
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 白水社・2052円/おん・ゆうじゅう 80年、台湾・台北市生まれ。09年、「好去好来歌」ですばる文学賞佳作。

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