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田中正造と足尾鉱毒問題―土から生まれたリベラル・デモクラシー [著]三浦顕一郎

[評者]諸富徹(京都大学教授・経済学)

[掲載]2017年03月19日

[ジャンル]歴史 人文

表紙画像

■闘争支えた国家構想、明晰に

 本書は、足尾銅山で起きた鉱毒問題をめぐり、その解決に一生を捧げた田中正造の思想と行動を、非常に明晰(めいせき)な文体で解き明かした作品。今では想像しがたいが、銅は明治期日本の主要輸出品の一つであり、鉱業は三菱、三井、住友、古河など財閥形成の源泉となって、日本資本主義の勃興を支えた。だが他方で深刻な煙害・鉱毒問題を引き起こし、戦前日本における最大の公害問題の原因だった。
 足尾では、亜硫酸ガスが引き起こす煙害で山林が荒廃し、渡良瀬川の幾度にもわたる大洪水の原因となった。鉱毒を含んだ水が川に流れ込み、農民の健康被害や農地の不作/不毛化被害が起きた。政府は問題解決に真剣に取り組まず、経営者の古河側は、わずかばかりの示談金で、農民に帝国議会や裁判所に訴える権利を放棄させようとすらした。田中はこれに反対、農民にあくまで鉱業停止を求めようと呼びかけた。
 彼は、農民による直接行動には批判的だったが、帝国議会で何度訴えても事態が改善せず、追い詰められた農民が行った「東京押出(おしだ)し」(請願デモ)に警官隊の弾圧が加えられるのをみて(「川俣事件」)、ついに衆議院議員を辞し、みずから明治天皇への直訴に及んだ。これは失敗したが、世論の関心は大いに高まった。これに押されて政府が設けた「第二次鉱毒調査委員会」はしかし、原因者たる足尾鉱山に操業停止を求める代わりに、洪水防止を理由に谷中村を遊水地として水没させるよう勧告した。何たる本末転倒か、と田中が憤ったのも当然である。彼は、谷中村への移住を決意し、その死まで村のために闘った。本書は背後に、「最弱者の権利・生命の保護」を中核とする彼の国家構想を指摘する。
 徹底して財閥を擁護する一方、問題を解決するどころか逆に隠蔽(いんぺい)する政府。その中で、徹底的に人々に寄り添って闘い続ける田中の姿は、現代人の共感を呼ばずにはいられない。
    ◇
 みうら・けんいちろう 67年生まれ。日本政治史・政治思想史。白鴎大学教授。共著に『講座 東アジアの知識人 2』。

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