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アメリカ 「帝国」の中の反帝国主義―トランスナショナルな視点からの米国史 [編著]イアン・ティレル、ジェイ・セクストン

[評者]西崎文子(東京大学教授(アメリカ政治外交史))

[掲載]2018年04月07日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■自国は例外、強烈な歴史認識

 「われわれは帝国を求めない。帝国だったこともない」。イラク戦争時のラムズフェルド米国防長官の言葉である。世界随一の軍事大国が帝国ではない。疑問も湧くが、このような認識は米国では珍しくない。帝国と言うなら条件つきだ。曰(いわ)く、自由の帝国、慈悲深い帝国……。
 その論理は次の通りだ。そもそも米国は、英領植民地が自由や人民主権を掲げ、独立を勝ち取って誕生した。共和国の領土拡張は、帝国ではなく自由の領域の拡大を意味した。西部の土地も自治を認められたし、米西戦争後に併合したフィリピンにも将来の独立が約束された。だから米国は帝国ではない、と。強烈な米国例外主義に支えられた歴史認識である。
 とはいえ、強引な軍事・経済活動によって、米国が帝国化するのを心配する声も少なくなかった。本書は、帝国への動きに抗(あらが)う勢力を「反帝国主義」と括(くく)り、時代を追って検討した論集である。
 印象深いのは、帝国と反帝国主義との境界の曖昧(あいまい)さである。米国独立の背景には、北米大陸に「帝国」を作る野心が潜んでいたし、ベトナム戦争時、政財界のエリート層が反戦に転じたのは、過剰介入が米国主導の「帝国」を崩壊させると考えたからだった。原題『帝国の双子』が示すように、反帝国主義と帝国とは表裏一体だったのである。
 それにしても米国例外主義の何と強靱(きょうじん)なことか。米国は西洋帝国主義と異なり利他的に行動できる。このような信念は、その傲慢(ごうまん)さゆえに時に反米主義を刺激したが、同時に米国が自国の利害を超越し、自由や人権などの価値を発信する原動力ともなった。
 ところが編著者は、トランプ大統領は米国例外主義に与(くみ)しないという。「米国第一」はなるほど、自己利益の主張であって、自国の優越を語る言葉ではない。米国は一変するのだろうか。米国と世界との関係を深く考えさせられる一冊だ。
    ◇
 Ian Tyrrell ニューサウスウェールズ大名誉教授。Jay Sexton ミズーリ大教授。

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