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「建築の東京」書評 「個性欠き懐古的な景観」と痛烈

評者: 長谷川逸子 / 朝⽇新聞掲載:2020年06月06日
建築の東京 著者:五十嵐太郎 出版社:みすず書房 ジャンル:技術・工学・農学

ISBN: 9784622088950
発売⽇: 2020/04/22
サイズ: 20cm/228p

建築の東京 [著]五十嵐太郎

 現代建築評論の第一線で活躍する五十嵐太郎氏が、東日本大震災から東京五輪に至るまでの、東京を中心とした建築シーンを分析する。新国立競技場や築地市場など社会を揺るがした問題にも正面から向き合い、建築のあり方を通して描き出す現代日本社会の批評は建築分野外の読者にも訴える力をもっている。
 1964年の東京五輪と比べると2020年のそれは既定路線の上にある「マイナーチェンジ」であり、建築デザインにも革新的な提案を欠き、保守化しているという。明治大正期の煉瓦(れんが)造りの様式建築が巨費を投じて再建される一方、新しい高層ビルはどれも個性を欠く。もはや東京は新しい未来を開拓せず懐古趣味の景観に浸っている、という指摘は痛烈だ。新国立でザハ・ハディド氏の一等案、「グローバル・スタンダード」が拒否されたことがその象徴だと言う。
 たしかに、次々と「アイコン建築」が建設されていくアジアの都市を訪れるたびにその勢いに圧倒される。東京の一人負けではないか。ただ、負けているだけではないとも思う。地方で活躍する若手建築家にはプログラムから練り上げた良質な仕事が多いし、小規模でも住宅やリノベーションの仕事が鋭い提案性をもっている。その思考の密度は世界に恥じない。
 70年代の華やかな公共建築は、一握りのエリート建築家のもので、若手は小さな住宅の仕事しかなかった。私の世代の建築家が公共建築を設計できるようになったのは80年代で、実績や組織の規模を問わないコンペが各地で催され、建築家が積極的にプログラムを提案し市民と協働できた。
 新国立にしても築地にしても、根にはプログラムの問題がある。数千億円規模のプロジェクトがプログラムの検証が不十分なまま進む。建築を取り巻く状況はまだまだ未熟である。若い建築家たちの草の根的な粘り強い仕事が都市と建築を成熟させていくだろう。
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いがらし・たろう 1967年生まれ。建築史・建築批評。東北大大学院教授。著書に『モダニズム崩壊後の建築』など。