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「失われた賃金を求めて」書評 お金と性差別のからみあい探る

評者: 温又柔 / 朝⽇新聞掲載:2021年04月17日
失われた賃金を求めて 著者:イ ミンギョン 出版社:タバブックス ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784907053475
発売⽇: 2021/02/16
サイズ: 19cm/211p

「失われた賃金を求めて」 [著]イ・ミンギョン

 あえて言うまでもなく、人間の価値はどれだけ稼げるかがすべてではない。けれどもこれは重要な問題提起である……本書は、「女性がもっと受け取れるはずだった賃金」を想定して「お金というセンシティブな問題が、同じくらいセンシティブな問題である性差別とどうからみあっているかを探る」ものだ。
 性別を理由にした賃金格差は実在する。この本はそこから始まる。そのうえで、「労働に対する価値は、その労働の内容だけではなく、働き手の社会でのあつかわれ方によっても決まる」ことを指摘し、「この社会のなかで、より強い力を持っている」者の多くを占めるのは男性である事実に斬り込む。
 男女賃金格差問題の根は、あきらかに男性優位なこの社会が、女性をどう扱っているか、ということと密接に結びついている。要するに、これは女性をめぐる尊厳の問題でもある。何故(なぜ)なら「女性の賃金が理由もなく削られていく職場では、名誉、名声、承認など具体的に測定することができない別の価値もまた削られていく」のだから。
 奪われているという自覚を促し、取り戻すために手を携えることの重要さを伝える著者のことばは、性別による待遇の格差が巧妙に組み込まれた日本社会に生きる女性たちの肌身にも迫るだろう。
 この先も女性たちは、「支払われるべきだったのに払われず、どこかへ消えてしまったお金」や、男性からのわずかばかりの尊厳を「欲しい」と望むことすら、わきまえなくてはならないのか? 答えは否だ。むろん、一人で闘うのは厳しい。しかし私たちは一人ではないし、一人でいてはならない、と著者は訴える。
 女性であるというだけで「我慢や苦痛を強いられることを防ぐための日常会話マニュアル」として綴(つづ)られた同じ著者による『私たちにはことばが必要だ』も必読だ。
    ◇
Lee Min-Gyeong 1992年生まれ。ソウルの江南駅殺人事件を受けて、『私たちにはことばが必要だ』を発表。