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「戦争障害者の社会史」書評 傷ついた兵士は英雄か犠牲者か

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2021年05月08日
戦争障害者の社会史 20世紀ドイツの経験と福祉国家 著者:北村 陽子 出版社:名古屋大学出版会 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784815810177
発売⽇: 2021/03/09
サイズ: 22cm/290,65p

「戦争障害者の社会史」 [著]北村陽子

 20世紀の二つの大戦(第1次、第2次世界大戦)は、最新兵器を用いての国家総力戦であり、兵員殲滅(せんめつ)の戦いであった。
 いずれの大戦でも敗戦国となったドイツでは、この戦争障害者がどのような扱いを受けたのか。補償、年金、治療、就労など様々な局面から調査・分析を試みた労作である。アカデミズムの側からの精緻(せいち)な研究書ではあるが、行間からは戦争に駆り出される兵士の残酷な運命が幾重にも浮かんでくる。戦争によって得るものは何か、との自問を繰り返しつつ読む書だ。
 第1次大戦後、ドイツでは全国援護法が制定され、戦争障害者とは傷病兵だけではなく、軍務官僚や軍医のほかに兵站(へいたん)担当の女性、看護婦などの女性も含む。第2次大戦後は、戦争に巻き込まれた民間人も指す。つまり戦争に関わった人すべてである。戦争障害者への救済が平時の社会福祉の拡充に連結していくことになった。
 戦争障害にはむろん経済的補償も重要だが、より必要なのは本人の精神状況、家族関係などの心理上の立ち直りである。しかしナチ政権下の軍医アカデミーでは、精神疾患が戦争障害とは認知されなくなり、患者は安楽死の対象になったともいう。ドイツ敗戦後の連合国による占領支配下では、戦争障害者も「ナチ体制の支持者」とみなされ、援護法も停止された。
 第1次大戦後のことだが、傷ついた兵士たちは一般市民から好奇の目で見られた。ドイツ国内は戦場にならなかったためで、ベルリンなどの元兵士たちのデモは暴力沙汰になりがちだったというのだ。「英雄」としての対価を求める心理は満たされなかったという分析は貴重である。
 戦争障害者たちは自らを英雄でも犠牲者でもなく、「戦争という国家事案によって傷病を負い除隊者となった」と理解するに至ったようだ。本書は日本のこの分野への検証のあり方にも示唆を与えている。
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きたむら・ようこ 1973年生まれ。名古屋大准教授(ドイツ近現代史)。監訳書に『失われた子どもたち』。