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「家をつくる」書評 自然に学び 対話を重ねた創造

評者: 阿古智子 / 朝⽇新聞掲載:2021年09月04日
家をつくる 著者:市川紘司 出版社:みすず書房 ジャンル:技術・工学・農学

ISBN: 9784622090090
発売⽇: 2021/06/18
サイズ: 22cm/363p

「家をつくる」 [著]王澍

 私は中国での農村調査で、急激な都市化や貧困対策事業によって、味わい深い古民家や歴史ある建物が取り壊され、土地の記憶を一掃するかのように、高層ビルや集合住宅が建つのを目の当たりにした。村々の個性を維持した上で、生活を豊かにする方法はあるのか。その問いに本書は多くの示唆を与えてくれる。
 著者の王澍は中国人初のプリツカー賞を受賞するなど、国際的に高く評価される建築家だ。同賞の授賞式は天安門広場の人民大会堂で行われ、当時国務院副総理だった李克強(リー・コーチアン)首相も参列したという。しかし王澍は国家スケールの仕事には関与せず、江南地方に根付き、小さく周縁的なプロジェクトを手がけてきた。
 若かりし頃、中国の建築学全体を敵に回し「ナイフが歩いてくる」とまで言われた王澍は、自らを一貫して「文人」ととらえ、人間社会より高次にある自然に学び、「情趣」を表すことを重視する。
 彼の代表作の一つである中国美術学院象山キャンパスは、杭州南部の山々を敷地とし、都市に自然を組み込む形で設計された。建築と山の間には平等な対話関係が生まれる。
 歴史的市街地に路地空間が密集する杭州市の中山路プロジェクトでは、「学ぶという態度を以(もっ)て復興再生」にあたった。住民や商家の立ち退き反対を受けて事業の一部を中止したのは、これこそが「自発的に都市が成長するプロセス」だからだ。
 ヴェネツィア建築ビエンナーレでは、村で回収した古いレンガ、瓦、石材、陶器片を使い、職人らと共に「瓦園」を制作した。建築家と職人の間には「相互的な指導関係」が築かれる。
 王澍は自身の文化に根ざして自らの建築を発展させるが、そのベースには欧米の思想家、人類学者らとの理論的対話もある。対立が目立つ昨今だが、本書は民主的な討論と相互の学びに基づく自然と調和した創造の可能性を示してくれる。
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Wang Shu 1963年生まれ。中国美術学院建築芸術学院院長。2012年のプリツカー賞など受賞多数。