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「ムスコ物語」書評 既存の物差しに疲れたあなたへ

評者: 金原ひとみ / 朝⽇新聞掲載:2021年10月02日
ムスコ物語 著者:ヤマザキ マリ 出版社:幻冬舎 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784344038196
発売⽇: 2021/08/04
サイズ: 19cm/242p

「ムスコ物語」 [著]ヤマザキマリ

 本書は十七でイタリアに移住、十一年のイタリア生活の後未婚で出産、育児をしながら漫画でデビューし帰国、二十歳のイタリア人と結婚しシリアへ移住、その後リスボン、シカゴと拠点を変えてきた、これからも変えていくのであろう著者の、息子デルスとの関係を巡るエッセイ集だ。
 世間にはあらゆる価値観、出自、文化を抱える人がいて、人の数と同じだけ「家族の形」があって然(しか)るべきではあるものの、「家族とは、親子とはこうあるべき」という内から外から強化された思い込みに捉(とら)われてしまう人も多い。そんな人にこそ、この特殊とも言える親子関係を本書を通じて体験してもらいたい。
 本書を読みながら深い安心感の中にいられたのは、著者が家族であれ誰であれ、全ての人を個として見ているという確固とした信頼を持てるからだ。私は本書を読みながら、普段あらゆるレッテルのストレスを感じているのだと痛感した。学歴年齢役職年収が高い低い子がいるいない既婚未婚。世間はそんな「位置付けとカテゴライズ」のための会話、牽制(けんせい)に満ちている。相手が何を信じ、何を大切に思い、それらをどう表現するのか、それだけに耳を傾ければいいのに、瑣末(さまつ)な情報を聞き出し、相手をどうにか自分の想定し得る定型に嵌(は)めようと躍起になっている人も少なくない。
 「……地球に受け入れられているという自覚だけ持って堂々と生きて欲しかった……」。最終章で著者が息子に抱くこの想(おも)いは、この世に生きる全ての子供、いや全ての人に届けたい言葉だ。こんなにも人を力づけ、守られていると実感できる言葉があるだろうか。既存の物差しで測られること、測ってしまうことに疲れた人に、自分で竹を採集するところから物差しを作り始め、さらに間違っていると思えばガンガン作り直していくこの著者のしなやかさは、より自分自身に寄り添って生きるためのヒントを与えてくれるだろう。
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1967年生まれ。漫画家、文筆家、東京造形大客員教授。漫画『テルマエ・ロマエ』は映画化もされ大ヒット。