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「なぜ人類は戦争で文化破壊を繰り返すのか」書評 記憶や未来の否定 政治と直結

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2022年04月30日
なぜ人類は戦争で文化破壊を繰り返すのか 著者:堤 理華 出版社:原書房 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784562071463
発売⽇: 2022/02/16
サイズ: 20cm/378p

「なぜ人類は戦争で文化破壊を繰り返すのか」 [著]ロバート・べヴァン

 ヨーロッパで文化遺産の保護という概念が生まれたのは、17~18世紀の啓蒙(けいもう)主義の時代からという。それまでは記念建造物は耐用年数が過ぎれば、破壊されたり、改築されたりした。他方、啓蒙主義は大規模な破壊を伴う新時代の幕を開け、思想面などから破壊に新たな意味を与えた。著者はその意味付けを整理したわけだが、論点、視点が明確なので理解が深まる。
 1990年代のボスニア紛争の「民族浄化」を機に本書をまとめたというが、その後もバーミヤンの仏像破壊や9・11テロなどがあり、文化遺産破壊は政治そのものと直結しているのがわかる。ナチスドイツのユダヤ人、トルコのアルメニア人へのジェノサイドを含めて論じているのを読むと、人類はこうした宿痾(しゅくあ)から逃れられないとの思いもしてくる。ボスニア紛争でのイスラム教、カトリック、セルビア正教会などの建築遺産崩壊は「第二次世界大戦でこの国が失った建築遺産をはるかに上まわる」過酷さであった。
 なぜ人類はこうした遺産を破壊するのか。
 ナチスによる殺害とシナゴーグ焼失の同時進行は、「記憶の破壊ではなく、ユダヤ人が存在する未来を否定する」意味があった。さらに、スターリンに深刻な被害を受けたのはウクライナで、ソ連邦の政策により、「農民は飢え、知識人は殺害され、都市は荒廃した」という。キーウ(キエフ)の歴史建造物も被害を受けた。この国はヒトラーとスターリンの新秩序に翻弄(ほんろう)されたと、著者は結論づける。
 インドとパキスタン、イスラエルとパレスチナ、中国とチベットの歴史遺産崩壊について、より詳しく論じるのは、そこに記憶の否定、伝承の切断、未来の否認などのサイクルが見え隠れしているからである。
 冷戦後、ベルリンに設立されたユダヤ博物館やホロコースト記念碑は、新しい価値観(赦免)を生む可能性を示唆しているという。含蓄に富む言い方である。
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Robert Bevan ジャーナリスト、作家、遺産主導の復元コンサルタント。英国の新聞などに建築評論を寄稿。