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「とんこつQ&A」書評 人間の厄介さに心はざわついて

評者: トミヤマユキコ / 朝⽇新聞掲載:2022年08月27日
とんこつQ&A 著者:今村 夏子 出版社:講談社 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784065283967
発売⽇: 2022/07/21
サイズ: 20cm/220p

「とんこつQ&A」 [著]今村夏子

 話の続きが気になるから読み進めているのに、終わらないで欲しいと思うことがある。ものすごい矛盾。だが、それが読書の愉悦だろう。本作に収録された四編にもその愉悦がある。しかもおもしろいだけでなく、なんだか心がざわざわする。それがたまらない。
 表題作「とんこつQ&A」の舞台は、とんこつという名の中華料理店。そこで働く今川さんは、接客が得意じゃない。「いらっしゃいませ」すら満足に言えないときている。だが、あらかじめ書いておいた文章を読み上げることはできると気づき、Q&A方式で店のことをメモするように。大将とぼっちゃんの優しさに支えられながら、彼女は少しずつ店に馴染(なじ)んでいく。ここまでは不器用な女性の成長譚(たん)なのだが、丘崎さんという新人が入ったことで、雲行きが怪しくなってくる。自分以上に仕事のできない丘崎さんのためにQ&Aが書かれるようになり、やがてそれは、大将親子と丘崎さんを仲よし3人家族に仕立て上げるような内容へと変化していくのだ。
 『Q.ボクのこと、好き?』『A.好きやで、大好きや』……いやもう、飲食店の業務と関係ないじゃん。おかしいだろ。外野の人間はそう思うだろう。しかし彼らの中では、今川さんの台本なしにとんこつの存続はあり得ないというところまで来ているのだった。謎の共依存はいつまで続くのか。破綻(はたん)するとしたらどんな風に。地獄とまでは言えないまでも、明らかに不穏な状況である(ざわざわ)。
 「噓(うそ)の道」「良夫婦」「冷たい大根の煮物」にも、純粋な人々が意図せず作り出す不穏な状況が描かれている。極悪人に騙(だま)されるとかじゃなく、自らヤバい方ヤバい方へと踏み入っていく人々を見ていると、著者が単純な勧善懲悪を超えようとしているのがわかる。人間は純粋で愚かで邪悪でチャーミング。今村作品を読む時間とは、人間の厄介さと向き合う時間なのかもしれない。
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いまむら・なつこ 1980年生まれ。「むらさきのスカートの女」で芥川賞受賞。著書に『木になった亜沙』など。