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「SHO-TIME 大谷翔平 メジャー120年の歴史を変えた男」書評 魂で野球するエンターテイナー

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2022年09月17日
SHO−TIME 大谷翔平メジャー120年の歴史を変えた男 著者:ジェフ・フレッチャー 出版社:徳間書店 ジャンル:伝記

ISBN: 9784198654979
発売⽇: 2022/07/12
サイズ: 19cm/366p 図版16p

「SHO-TIME 大谷翔平 メジャー120年の歴史を変えた男」 [著]ジェフ・フレッチャー

 大谷翔平がベーブ・ルース以来大リーグ史上2人目、104年ぶりの2桁勝利と2桁本塁打の二刀流で大偉業を達成したことに、本場アメリカでは歴史的な出来事として受け止められている。1世紀以上、誰もなし得なかった領域に立った大谷の偉業に誰もが驚嘆した。
 「光栄なことだなと思いますが、あまりシーズン中は、今の数字がどういう印象なのかなとかが分からない」。あんな偉業を成した人間とは思えないほど、まるでひとごとのように話す大谷とは一体何者なのかという関心から、彼の不可思議な存在の謎に迫れればと思って本書を手に取った。
 本書は彼の人間学を解明するのが目的ではないが、彼を知る人は口を揃(そろ)えて「周りを明るくする笑いをもたらす人物」であり、「ものすごく人間味のある人物」と評する。と同時にテレビ画面で、彼がしばしばグラウンドに落ちているゴミを拾ってズボンの後ろポケットに入れる仕草(しぐさ)を見たことがある人は多いと思う。
 彼は禅のことは知らないと思うが、この動作は禅寺の作務(さむ)修行のひとつでもある。僕は彼の存在に芸術行為を探ろうと試みたが、むしろ彼の存在感そのものが逆に芸術へ与える影響を暗黙の内に示唆する場面に出合うことがある。
 盗塁失敗で二塁上で大の字になったり、一塁ベースからリードし過ぎて投手に刺され、おどけたポーズで観客を喜ばせるパフォーマンスは大きな笑いを誘う。自らをピエロ化して球場全体を盛り上げる彼のエンターテイナー的資質は芸術の非大衆性を批評しているようで実に好感が持てたが、彼がしたいのは、野球を徹底的に楽しむことである。その結果の記録で、記録を達成するのが目的ではない。
 野球という職業を通して、大谷翔平は人生を遊びたいのである。そのために彼は心ではなく魂で真剣に野球と向き合っているのだと思う。
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Jeff Fletcher 1969年生まれ。メジャーリーグ取材歴24年のオレンジ・カウンティ・レジスター紙記者。