『未来の年表』河合雅司さん「人口減少は日本が豊かに変わるチャンス」
記事:じんぶん堂企画室
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――河合さんは産経新聞の記者でした。なぜ新聞記者になったのですか?
学生時代は漠然と政治家を志望していました。もともと国とか国家に関心がありましたので。国民は国の基盤です。「人口こそが国の力」ということを強く意識していましたね。私が子どもの頃、日本列島改造を掲げた田中角栄(元首相)という強力なリーダーが登場しました。その田中さんが贈収賄事件で辞任すると、大平正芳、福田赳夫、三木武夫の三氏が首相の座を争いました。多感な年齢だった頃に激しい権力闘争を見て、権力とは何か、その権力でどう国家を動かしていくのかということに興味を持ちました。
大学生の頃、後に首相になる熊本県知事の細川護熙さんや、衆議院議員になる出雲市長の岩國哲人さんが地方で新たな政治のムーブメントを起こしていました。とりわけ、30年以上も前に「行政はサービスである」と公言して注目された岩國さんに強い魅力を感じ、直接会いに行ったのです。岩國さんはアイデアが豊富な方で、「地方」についていろいろと教わりました。
岩國さん以外にも、何人もの国会議員に会いに行きました。直接話を聞くうちに、政治家になることよりも、国や社会を動かす政治のメカニズムのほうに興味が移り、「政治の舞台」を少し引いた位置から見られる新聞記者になることにしたのです。
――著書を拝読しました。あらためてすごい勢いで人口が減少していくことに危機感を覚えます。
人口減少は2段階で進みます。いまは第1段階で若い世代が減り、高齢者が増えていく。この状況があと20年ほど続きます。第2段階が始まるのは2043(令和25)年からです。この頃からは若い人も高齢者もともに減っていき、総人口の約4割が高齢者になります。そして、いまから40年後に日本の人口は約7割(9000万人)になります。各地で人口が減少する中、東京だけは2030(令和12)年頃まで人口が増えていきますが、同時に猛烈な高齢化が進んでいきます。高齢化の一極集中です。東京でもこれまでの発展や成功のパターンは通じなくなります。
――著書の『未来の年表』、『未来の年表2』はいずれもベストセラーになりました。人口減少に対する社会の危機感が高まっていますが、そもそも人口問題に興味を持ったきっかけはなんだったのですか?
私は一貫して政治部記者だったのですが、あるとき厚労省の担当になりました。小泉政権の時代です。ちょうどその頃から、年金、介護、医療が、与野党が激突する大きな政治課題としてクローズアップされてきました。厚労相だった坂口力さん(公明党)が「100年安心」の年金制度を作ったと豪語していた頃です。ご存じのように、日本の年金制度は若い世代が高齢者を支える仕組みになっています。そこで日本の出生数を調べていくと、戦後の第一次ベビーブームがわずか数年で終わっていることに気がつきました。なぜだろうと思って掘り下げてみると、当時、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が、日本の人口爆発による共産国化を恐れ、人工妊娠中絶を合法化するよう日本政府に求め、出生率を下げるように誘導していたことがわかったのです。あらためて人口問題は政治が大きく関わっているのだと気づかされました。
――「平成時代は人口減少を傍観した時代である」と言っていますね。
1989(平成元)年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に出産する子どもの数の推計値)が、丙午の1966(昭和41)年の1.58を下回る1.57となりニュースになりましたが、その後も政府は何ら有効策を打ち出せず、出生率は下がり続けました。人口が減っていくことはわかっているのに、なぜ、政治は動かなかったのか。国民の関心が低かったこともあります。が、もともと日本の政治は目先の課題に追われ、長期的なスパンの課題は後回しにしがちな傾向があり、それが大きな要因だと思います。官僚たちも政治家が指導力を発揮しなければ動きようがない。早い段階から、この問題について考えている官僚も少なからずいましたが動けませんでした。官僚組織は強固なタテ割社会ですから、こうした超長期的な課題は、政治家がリーダーシップを発揮して、タテ割組織の各省庁に横串を刺して取り組まなければならないと思いますが、そもそもの問題として、日本人は強力なリーダーシップを発揮する政治家を好みません。それがゆえに大きなパラダイムシフトになかなか対応できない面があります。
――平成ということで言えば、長期にわたって政権を率いる安倍さんの責任も大きいように見えます。
安倍さんは外交や安全保障には関心がありますが、目の前の経済再生以外の内政にはあまり興味がない印象です。人口問題について「2060(令和42)年に1億人程度の人口を維持する」といったビジョンを掲げましたが、現実的ではありません。このビジョンを聞いて官僚たちも思考が止まりました。なぜなら、過去に少子化を放置してきたツケで、いま、子どもを出産できる若い女性の数がハイペースで減っているのです。それは、多少の出生率の改善があても、出生数は回復しないことを意味します。また、いまごろになって、人口が減少する分を外国人労働者の受け入れ拡大でなんとかしようとしていますが、人口がどんどん減少しているところに、多くの外国人労働者を受け入れたら、国や社会のかたちが変わってしまいます。多くの国では社会の分断を招いており、日本も例外とはならないでしょう。国家の弱体化につながります。
――となると、「人口減少」とうまく共存しないといけないわけですか?
人口が減っていくのは避けられない。だから、人口が少なくても豊かに暮らせる国や社会に作り直していく必要があります。地方を活性化させる「地方創生」の失敗は、人口が減少する前に取り組むべき政策だったということです。これから始まる人口減少社会では、いまの自治体は大きすぎてエリアマネジメントが難しい。これからは既存の自治体よりももっと小さい拠点を作ることです。社会の支え手が減ってしまうのだから、そこにみんなが寄せ集まってコンパクトに暮らしながら、自分たちでできることは自分たちで助け合って生きていかざるを得なくなるしょう。行政サービスも民間サービスも、ある程度の人口規模がないと成り立たないし、自治体によっては職員が不足していきます。拡大成長一辺倒の価値観を見直して、国や社会が縮んでも、独自に発展していけるモデルを模索していかなくてはならないでしょう。
――どのようなモデルが考えられますか?
私が言いたいのは、人口が減っていくからだめだという話ではなく、人口が減っても豊かに生きていくために何をするべきか、ということです。発想と取り組みを変えて、私たちが未来図を描いていけます。例えば、人口が減少することで労働人口も減少しますから、社会全体の仕事の総量も減っていきます。オランダは経済危機がきっかけで、大胆にワークシェアリングを導入しました。その結果、フルタイムとパートタイムの待遇に差はなく、みんな、残業もしませんし、長期休暇もとっています。それぞれの暮らしや生き方を尊重し、週休3日制で働いている人もいますが、労働生産性は日本よりもずっと高くなっています。日本は長年、先進国でも最も生産性が低い国で、その生産性の低さをマンパワー、長時間労働でカバーしてきましたが、人口が減り、高齢化が進む時代にはそのような働き方は通じません。しかしながら、発想や価値観を変えたならば、これまでとは違った豊かな暮らしをすることも可能でしょう。人口減少をいたずらに恐れることはありません。どう社会が変化していくのかを知れば、まだまだやりようはあります。それどころか、「変化はチャンス」でもあります。正しく対応しさえすれば、いまよりも快適な社会を手に入れることが出来ると思っています。
私はこのたび、最新データを使って人口問題を分かりやすく紐解いた『2020年代の日本』(講談社)を上梓しましたが、この著作は若い世代に向けて作った本です。日本の未来を築いていく若い世代にこそ、人口問題の変化の先行きを正しく理解し、変化をチャンスに結びつけていってもらいたいと思っています。
――ありがとうございます。このサイトは本のサイトなので、最後に河合さんが影響を受けた本をいくつか推薦していただけますか?
影響を受けたといえば、私は諸葛亮孔明という人物が大好きで、中学生ぐらいから『三国志』は何度も読みました。自分の性格はリーダーというよりも参謀に向くと自己分析しておりまして、未来を可視化し、その対策を考えるという現在の仕事にたどり着いたのも、諸葛亮孔明の影響が大きかったのかもしれませんね。
『三国志』以外では、田中角栄さんの『日本列島改造論』(日刊工業新聞社)ですね。政治のダイナミズムを学んだと思います。政治家に漠然と関心を抱いたのも、こうした政治家たちの著書の影響があったのだと思います。
政治家の著書といえば、先にも述べた岩國哲人さんと細川護熙さんの共著『鄙(ひな)の論理』(光文社)は印象深かかったです。政治と国家統治を意識づける大きなきっかけとなりました。この頃から「地方」とは何なのかを一生懸命に考えてきたんだと思います。
さらに、内橋克人さんの『匠の時代』(サンケイ出版、のちに講談社文庫、岩波現代文庫)も貪るように読みました。日本企業の技術力の高さと技術者たちが難題に挑んでいく姿がドラマチックで、子供心にわくわくしながら読んだ記憶があります。どれも古い本ですが、いま読み返してみても新たな発見はあると思います。これから日本は大きく社会が変わっていきますので、目先のノウハウばかりを追いかけるのではなく、ダイナミックな発想に触れ、あるいは歴史をたずねてみることをお勧めします。
――本を読むことは河合さんにとってどういう意味がありますか?
本は、最も大切な相棒です。何より、自分が何も分かっていないことをいつも教えてくれます。私はジャンルを選ばず、いろいろなものを読みますが、自分が生きていた時代に起こっていたことなのに、本を通じて初めて知ることが少なくありません。そして、本は私の先生です。新たな調べものができると、図書館にこもって関連書を片っ端から読み込みます。研究というのは、先人たちの業績の上に積み上げられていくものですが、自分の迷いを解消し、アイデアのヒントをくれるのもほとんどが本です。そうした意味では作家であり、研究者でもある私にとっては無くてはならない存在です。本の良さは、何よりももの凄い情報量なのにリーズナブルなところです。私も随分年齢を重ねてきましたが、今後はますます大切な親友、そして先生になっていくと思っております。(文 大嶋辰男、写真 時津剛)