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日本刀を彩る美の宇宙 『刀装具ワンダーランド』

記事:創元社

『刀装具ワンダーランド』(創元社)
『刀装具ワンダーランド』(創元社)

 武士が所持していた刀には、鐔(つば)をはじめ、目貫(めぬき)や小柄(こづか)、笄(こうがい)、縁(ふち)、頭(かしら)など、さまざまな刀装具が付属しています。刀装具の中では大きな部類に入る鐔でさえ、掌におさまる大きさ。目貫や縁・頭は3~4㎝ほどしかありません。肉眼で細部まで鑑賞することは難しいでしょう。実際、コレクターや愛好家の方は、鑑賞する際に拡大鏡を用いています。そこで本書では、高精細デジタル撮影を行い、細部の拡大写真も掲載。正面からだけではなく、作品の意匠が分かる角度からの写真も掲載し、製作者が試行錯誤しながら生み出した構図、形態表現、多彩で緻密な彫金技術を堪能できる1冊を目指しました。

正阿弥伝兵衛《蓮葉文透鐔》
正阿弥伝兵衛《蓮葉文透鐔》

武士の美意識

 武士にとって刀剣は特別なものです。当然、その刀剣の外装(拵え)にも強い思い入れがあり、刀装具には時代ごとの文化や精神が色濃く反映されています。

     ◇     ◇

 古くから武士は刀剣を重んじ、武器のなかでも特別に扱ってきました。16世紀末に日本を訪れたイタリア人司祭アレッサンドロ・ヴァリニャーノは、イエズス会本部への報告書に、当時の武士が一振りの刀に金貨数千枚をつぎ込むことに驚きを感じたと記しています。彼の意見に対して戦国大名・大友宗麟は、まったく役に立たない宝石を買おうとするヨーロッパ人よりは、自らが実用する武器に多額の金を支出する方に意味があると反論します。

 このような強い思い入れは拵え(外装)にも及び、戦国武将たちはそれぞれの趣味嗜好にあわせた柄や鞘、鐔などをあつらえたようです。江戸初期にまとめられた武将の逸話集『常山紀談』には、豊臣秀吉が広間に置かれた差料を見て、それぞれの持ち主を当てたと記されています。〈中略〉

 しかし徳川幕府が成立すると、極端に長い刀や大鐔、大角鐔、朱塗や黄塗の鞘を禁止する法令が出されるなど、派手な刀装に対する制約が強くなっていきます。〈中略〉

 このような拵えの画一化がかえって刀装具における美意識を洗練させる要因となったのではないでしょうか。鞘や柄糸、鐔など目立つ部分で個性を発揮することが難しくなった具眼の武士は、目貫や小柄、笄、縁・頭などに目を向けました。これら刀装具の意匠と表現には、製作にあたった職人はもちろんのこと、注文主である武士、町人らの美意識や嗜好が強く反映しています。(本書6-7ページ)

     ◇     ◇

素材と技法の多彩さ

 刀装具は、金、銀、銅、鉄などの金属を用いて製作されます。これらの金属はそのまま用いるだけではなく、混ぜ合わせて合金としたり、「色上(いろあげ)」と呼ばれる化学変化によって発色させる技法を用いたり、さまざまな加工によって表面の色合いを変化させて使われています。

 文様や形は鏨と槌を使って彫りだされます。立体的に、あるいは絵画のように。表現によって使用される鏨の大きさや形状はさまざまです。先が凹んだ円形の魚々子鏨を用いて作られる魚々子地(ななこじ)は独特の光沢を帯び、片切鏨を用いた片切彫り(かたきりぼり)は筆で描いたような線を彫りだします。

田中清寿《蛤雀文目貫》
田中清寿《蛤雀文目貫》

意匠から当時の人に思いを馳せる

 身近な動物や植物はもちろん、四季の情景や故事、古典、中国文化、和歌や俳諧にもとづくモチーフなど、刀装具を彩る意匠も多岐にわたります。装飾のためだけではなく、長寿や子孫繁栄などの願いが込められたものもあります。現代の私たちにとって、鹿の角に紅葉が添えられた目貫を見て、「奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿の 声きく時ぞ 秋は悲しき」(『古今和歌集』)を思い浮かべることは難しいですが、高い教養を身につけた当時の人が、何を意図してこの意匠を作らせたのか、思いを馳せるのは楽しいものです。

今井永武《紅葉に鹿角文目貫》
今井永武《紅葉に鹿角文目貫》

 最初から順に読み進める。気の向くままパッと開いたページを眺める。使われている金属に注目する。意匠のモチーフの出典を考える。本書の楽しみ方はあなた次第です。「日本の美術工芸におけるひとつの到達点とも言える近世の刀装具について理解が深まり、多くの方々にその魅力を感じていただければ幸いです。」(本書3ページ)

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