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「素人」が「投稿」し、自ら動員される参加型ファシズム 大塚英志『大政翼賛会のメディアミックス』

記事:平凡社

「翼賛一家」というまんがが、戦時下にあった。昭和十五年末から、多くの新聞、雑誌に連載され、単行本もいくつか出た。レコード化、ラジオドラマ化、小説化などもされた。これは今のことばで言えばメディアミックス作品である。

本書はこの「翼賛一家」のメディアミックスについて考えるものである。(中略)

「翼賛一家」が戦時下における政治的動員の手段として意図され、仕掛けられた「メディアミックス」であった点は本書で検証していくが、それまでの多メディア展開と異なる点が大きくいって三つある。

一つ目は、これがあらかじめ多メディア展開を想定したものである、ということ。つまり、最初から「メディアミックス」という企画であったということ。「翼賛一家」の場合、同名のまんがなり小説なり、何かまず一つのメディアで「原作」に相当する作品が大ヒットし、その人気に便乗する形で二次的にアニメーションや映画、舞台などがつくられたわけではない。最初からメディアミックスを想定したキャラクターと舞台設定が用意され、事前に受け手に対して示された。個別の作品が受け手に届けられる前に、今風に言えばキャラクター設定や舞台背景が新聞各紙などで広く公開されたのである(図1)。このようにして示されたキャラクターや設定が、複数のつくり手に共有され、いくつものまんがや舞台、レコード、人形劇、紙芝居、ラジオドラマ、浪曲などの多メディア展開がなされたのである。そこには、いわゆる「原作」に相当する作品は存在しない。それぞれのつくり手が、示された「キャラクター」と「設定」の範囲内で、自由に創作するのである。(中略)

図1
図1

二つ目は、この多メディア展開においていわゆる「二次創作」が推奨された点である。言い方を換えると「オリジナルの作者」が固有名を持った形で存在しない、ということだ。『朝日新聞』東京版での連載はあらかじめキャラクターと舞台設定を提示した上で、読者から「投稿」を募るものだった。アニメーションの脚本はアマチュアからの公募で行われ、当選者として「現在父とともに塗装業を営みつつ文学を愛好する青年」が顔写真入りで報じられている。舞台については既存の劇団による公演とは別に、アマチュアが上演するための演劇、及び人形劇の脚本が、演出方法や人形製作のマニュアル入りでつくられた。(中略)
三つ目は、この二次創作を含む多メディア展開を「原作者」でなく、第三者が「版権」として統一的に管理していることである。個々のつくり手より「版権」が上位にあり、これを一つの機関が管理するという仕組みなのである。この版権元の許諾を以て、個々のつくり手は初めて「翼賛一家」のまんが制作やメディア展開が可能になる。

角川メディアミックスの起源として

このようなあらかじめ多メディア展開を前提につくられた企画であること、二次創作の推奨、第三者による版権管理は、現在の「メディアミックス」と同じビジネススキームである。おそらく、現在の若い世代にとっては、むしろ、まんが・アニメ・ゲームはこのようにつくられることの方が普通に感じられるだろう。「二次創作」も海賊版的行為でなく、版権元の許諾の下に商業出版され、同人誌活動も推奨される。まんがなどの「原作」がヒットして「アニメ化」「映画化」されるのではなく、「キャラクターや舞台設定」(いわゆる世界観)がメディアミックスを前提に用意され、メディア、デバイスごとに作品がアウトプットされる。「翼賛一家」は正にその形である(図2)。

図2
図2

現在のこのような形式のメディアミックスは、一九八〇年代後半に角川書店でビジネスモデル化されたものだと言われている。そして、ぼくは、かつてこの仕組みを「つくった」当事者の一人でもあった。そのことは、ぼく自身が北米のアニメーション研究者マーク・スタインバーグの研究対象になることで、検証されている(マーク・スタインバーグ著/大塚英志監修/中川譲翻訳『なぜ日本は〈メディアミックスする国〉なのか』、平成二十七年三月七日、角川学芸出版)。これまでぼくは、このような仕組みは、自分たちが「新しく」つくったと思い込んでさえいた。だが、驚くべきことに、同じ形式が戦時下に存在したのである。
しかし、「翼賛一家」が一九八〇年代から今に至る角川型メディアミックスと決定的に異なる点が一つある。それは、このメディアミックスが戦時下のプロパガンダ、すなわち、翼賛体制への総動員のツールとして用いられ、そして何より、「版権」の管理元が大政翼賛会である、ということである。

ぼくは長い間、自分たちが「つくった」と思い込んでいたメディアミックスの手法が、戦時下のメディアミックスと同じ枠組みのものであることについては無自覚であった。しかし角川書店が読者を映画館や商品の購入へと「動員」する技術と、翼賛会が国民を戦時体制、そして戦場へと「動員」した技術は実は「同じ」なのである。

そもそも「宣伝」ということばは戦時下において企業広告やマーケティング技術ではなく、プロパガンダを意味した。そして、戦後の「宣伝」の基礎が戦時下につくられたことについては、多くの証言や研究がある。ぼくたちが「メディアミックス」の実践に夢中であった一九八〇年代、そこに関わった人間は誰一人「翼賛一家」の存在は知らなかった。北米のゲームシステムを援用した新しいメディア展開をつくり出しているつもりだった。そのあたりのことは関係者の証言をまとめたので、興味のある方は参照されたい(安田均・水野良ほか監修/マーク・スタインバーグ編/大塚英志・谷島貫太・滝浪佑紀『『ロードス島戦記』とその時代──黎明期角川メディアミックス証言集』、平成三十年三月二十五日、角川文化振興財団)。

今にして思えば一方でそれは、未だ、姿形さえ見えなかったSNSの時代とメディアのあり方を予見していたようにも思える。現在の角川型メディアミックスは、プラットフォームが「投稿」の場を管理し、見かけ上は自由な表現が担保されている。だから角川はプラットフォーム企業に変化もした。今や「投稿」というメディアとの接触行為が人々の日常に当たり前すぎるほどに組み込まれている。誰もが自由に情報や意見、自己表現を発信できる新しい時代の到来のようにも思える。

しかし、そこで、私たちは本当に「自由に」表現しているのだろうか。プラットフォームに「投稿」することが日常化した現在において、「投稿する人」は実は無自覚に「表現させられて」はいないのか。何故なら、角川型、SNS型のプラットフォームはユーザーに「投稿させる」ことで成り立つビジネススキームだからである。私たちは、実はプラットフォーム企業を介して「投稿させられている」「表現させられている」のではないか。(中略)

戦時下、「メディアミックス」という便利な和製英語は存在しなかった。それ故、戦時下のプロパガンダを「メディアミックス」として分析する視点はこれまで、ほとんど存在しなかった。だから、まんがやアニメファンの感覚でも、学術研究でも、「メディアミックス」は何となく戦後の新しい現象のように扱われてきた。だが、「メディアミックス」として戦時下プロパガンダを捉え直すことで、初めて見えてくる光景が確実にある。その光景は不気味なほどに「現在」と重なり合ってくるようにも思える。

本書をぼくが執筆しようと思った動機はまさにこの点にある。

(『大政翼賛会のメディアミックス』より抜粋)

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