まちの見え方が変わる! 京阪神をもっと深掘り『図説 京阪神の地理』
記事:ミネルヴァ書房
記事:ミネルヴァ書房
京阪神というそれぞれの都市を想像するとき、あなたは頭の中に何を思い描くだろうか。有名な観光地や繁華街、食文化といったよく知られているイメージからすれば、神戸は港町、大阪は商売の町、京都は古都といったところだろうか。そうした特定の景観イメージや産品、単純化された歴史と結びつけて想像された都市像が誤りというわけではないが、現実の都市はもっと複雑である。
794年に平安京が置かれた京都は、確かにその後も日本の中心的な都市として栄えてきた歴史を持つ。しかし平安京がそのまま現在の京都になったわけではない。京都の姿は時代とともに大きく変化しており、特に豊臣秀吉による都市改造は現在の基礎をなすものであった。平安京の範囲と、秀吉の時代に築かれた「御土居」という城壁に囲まれた市街地の範囲とは完全には一致しない。そのことは地図を見ればすぐに理解されよう。
大阪も「難波」と呼ばれた古代以来の長い歴史を持ち、陸路や淀川・大和川という水路によって京都・奈良などと結ばれた交通の要地であった。城下町「大坂」として発展し、「大阪」となった近代以降は工業都市としてさらに成長する。いわゆる「大大阪」時代の大阪市は日本最大の都市人口を誇っただけでなく、それ以前と比べて空間的にもはるかに大きくなっていた。都市計画をめぐる議論では、さらなる巨大化を叫ぶ声もあったほどである。
これらと比べ神戸の歴史は少し新しいが、それでも8世紀には大輪田泊(おおわだのとまり)という港町として知られていた。近代以降には港湾機能の拡充によって港町としてさらに大きく発展する一方で、現在は山麓のニュータウンに居住する人々も多い。神戸市は港町であると同時にニュータウンの町でもある。
このように歴史的に連続しているかに思われる都市の変遷を追ってみると、その空間的範囲は大きく変化しているとわかる。都市の歴史は空間に刻み込まれている。歴史的にみることは、当然ながら都市を理解する上で重要である。よく知られた一般的なイメージが誤っているとも言えない。しかし、それぞれの都市は、歴史的な連続性や一般的なストーリーでは語り切れないさまざまな要素を有してもいる。市街地や交通網の空間的な広がり、観光地や繁華街以外の場所、あるいは農村や自然との関係にも目を向けてもらいたい。それが地理学的な思考、想像力の第一歩となる。
本書の構成は次の通りである。まずⅠ章「京阪神の概要」では、人口を中心とした京阪神の基礎的な情報を、地図やグラフを通じて理解してもらいたい。また、巻末の「資料」でも、19世紀末の「仮製地形図」から国土地理院作成の戦後の地形図にいたる数枚の地形図を配置した。読み進める際には、これらの地図や巻頭のカラー地図をつねに参照してほしい。なお、本書に掲載した図表のうち、特に出所を明記していないものは巻末に掲載したいずれかの参考文献を参照したか、あるいは執筆者自身のオリジナルであることを断っておく。
本書では自然や歴史の詳細にまで言及することはできないが、Ⅱ章「自然」とⅢ章「歴史」では、京阪神における自然環境の基礎と、長きにわたる人々の歴史的な営みについて触れている。現代都市に関心がある者でも、都市の立地する平野の広がりや自然災害は無視できない。また、長い歴史を有する京阪神の歴史的展開は重要かつ興味深いものである。
Ⅳ章「工業」では近現代の京阪神を創り出してきた主因ともいえる工業の盛衰に焦点を当てる。またⅤ章「近代都市」では工業化が進められた明治期から高度経済成長期にいたる都市化の様相を、Ⅵ章「現代都市」では主に1980年代以降の脱工業化時代における変容をみていく。この3つの章は本書の中核をなすものであり、Ⅳ章は経済地理学、Ⅴ章・Ⅵ章は都市地理学の基礎ともいえる。なお、これらの章ではパナソニックや阪急といった企業も取り扱う。
Ⅶ章「農業」では農業地理学の観点から京阪神の都市農業・近郊農業を扱っていく。「culture」という英語がもともとは「農耕」を意味したように、農業は人間にとって最も基本的な活動の1つである。都市や近郊では工業化や都市化の影響によって農業が衰退し、多くの農地が消えていく一方で、大消費地である都市に近接していることで生き延びている農業もあることを説明する。
Ⅷ章「エスニック集団」では、海外にルーツを持つ人々の移動や居住空間についてみていく。京阪神には歴史的に在日コリアンが多く、近年では中国籍の人々も増えてきた。こうした都市社会を構成する多様な社会集団を扱う分野を都市社会地理学という。この章では、都市社会地理学の基礎を学んでもらいたい。
続くⅨ章「観光」では、文化地理学的な関心から、今日の代表的な産業である観光について取り上げる。観光が非常に古い歴史を持つことを知るため江戸時代の状況から話を始め、近現代におけるその展開までを扱う。観光客の増減だけでなく、観光現象を仕掛けてきた行政や観光業界の動向にも注目したい。
地理学は文献で勉強するだけでなく、現地に足を運んで自らの力で学ぶ学問分野である。京阪神という興味深い土地の各地をめぐることで、自らの経験をとおして頭の中の知識にリアリティーを付け加えてもらいたい。
(『図説 京阪神の地理』「はじめに」より)