1. じんぶん堂TOP
  2. 歴史・社会
  3. ヨーガはどこから来て、どこへ行くのか?(前編)

ヨーガはどこから来て、どこへ行くのか?(前編)

記事:春秋社

現代ヨーガにおける身体的ポーズ(アーサナ)に影響を与えたスウェーデン体操
現代ヨーガにおける身体的ポーズ(アーサナ)に影響を与えたスウェーデン体操

現代スピリチュアリティ文化研究の題材を求めて

 2000年代初頭、私は現代スピリチュアリティ文化をめぐる現象を明らかにするための研究対象を探していた。ここで言う「現代スピリチュアリティ文化」とは、1960年代後半以降、北米・西欧・日本などで広がった、「宗教」に代わるものとしての「スピリチュアリティ」への関心の高まりによって生まれた文化的な流れを指す。宗教社会学においても、スピリチュアリティ文化研究は、宗教の再定義や脱宗教化をめぐる議論と連動しながら1990年代以降に発展していた。

 当時の私は、あるスポーツジムでヨーガクラスを受講する機会を得て、いわゆる「ヨーガ・ブーム」に遭遇することになった。そのクラスでは、宗教的教義の紹介や儀式的なことは一切行われず、身体のストレッチと呼吸に意識を向ける実践が中心をなしていた。一見、美容や痩身のための単なるエクササイズという印象を受けるクラスだった。しかし、インストラクターからは「他人と比較しない」「内なる声に耳を傾ける」「本当の自分になる」といったメッセージがクラス内で伝えられていた。その後、数多くのクラスやワークショップに参加したが、同じ傾向が見られることを確認することになる。こうしたメッセージは、スピリチュアリティ文化が重視する価値観を体現するものとして、注目に値する。

 他方で、当初の私は、現代ヨーガの思想と実践をインドの宗教伝統と関連づけて理解しようとしていた。しかし、文献研究やフィールドワークを進めるなかで、そうした理解が過度に単純化されたものにすぎないことが次第に明らかとなる。つまり、現在一般に普及しているヨーガの思想や実践は、20世紀以降の国際的な文化交流、とりわけ欧米における再解釈と再編成を経て、再びインドに「逆輸入」されるという複雑な文化的変容の結果として形成されたものである。

 さらに、現代ヨーガにおける身体的ポーズ(アーサナ)の系譜をたどると、その多くはスウェーデン体操、ボディビルディング、レスリング、さらには大道芸など、インドの宗教的伝統とは直接的な関係をもたない身体技法から多大な影響を受けていることがわかってきた。こうした事実に鑑みるならば、現代ヨーガは古代インドの教義や実践をそのまま継承したものではまったくなく、近代以降の身体文化やグローバルな文化変容を背景として再構成された現代的な文化現象と位置づけることができる。拙著『現代ヨーガ論』の構想は、このような問題意識からはじまった。

現代ヨーガ研究のはじまりとその展開

 現代ヨーガに対する学術的関心が本格的に高まりを見せるのは、21世紀以降のことである。それ以前にも、ヨーガに関連する研究は一定程度存在していた。その多くはインド学や仏教学においての古典文献の注釈的研究に限られていた。また、宗教社会学の領域でも1960〜70年代にかけて、当時注目された新宗教運動の一環として「超越瞑想」や「クリシュナ意識国際協会」などの特定の運動に関する調査が行われていた。しかしながら、これらの先行研究はいずれも、「現代ヨーガ」を総体として捉えるアプローチをしていなかった。それも当然である。なぜなら、私が体験したような都市部を中心にスタジオ形式のヨーガクラスが広がりを見せ、おもに20代から40代の女性を中心に多くの人びとに受け入れられ始めたのは1990年代後半以降だからである。

 現代ヨーガ研究の出発点は、エリザベス・ド・ミシェリスの著書『モダン・ヨーガの歴史』が2004年に刊行されたことにある。同書においてミシェリスは、現代ヨーガの系譜を分類するとともに、スワミ・ヴィヴェーカーナンダやB.K.S.アイアンガーなどによって展開された近代以降のヨーガを歴史的・思想的に位置づけ、その多層的変容のプロセスを明らかにしている。ミシェリスは国際的な研究ネットワークの形成にも注力し、ヨーガ研究を専門的領域として確立するための学会活動や研究会の開催に寄与した。こうした動向を受けて、現代ヨーガをめぐる研究はその後も宗教学、社会学、政治学など複数の分野で広がりを見せ、現在に至っている。

 私自身も、こうした国際的研究動向と並行するかたちで、2004年以降、文献研究はもちろんのこと、ヨーガ実践者に対する参与観察やインタビュー調査を通じ、現代におけるヨーガ実践が人びとにとっていかなる意味をもつのかを継続的に考察してきた。

本書の構成

 本書は、19世紀末から現代に至る約150年間におけるヨーガの世界的な変容と拡がりを追い、インドの伝統、西洋の身体文化、そして現代のウェルネス産業が交差する動きを総合的に分析するものである。

 第1章では、ヴィヴェーカーナンダ以降の思想の流れを軸に、スウェーデン体操やボディビルとの混合的展開を概観し、体操的ヨーガの形成とそのグローバルな広がりを描き出す。補章では、中村天風や佐保田鶴治から始まり、ホットヨガやオンライン講座に至るまで、日本における100年にわたる受容の歴史を整理し、地域的特性と国際的潮流の相互作用を明らかにする。

 第2章では、『バガヴァッド・ギーター』や『ヨーガ・スートラ』の基本的な思想を理解したうえで、近代的再解釈に注目し、禁欲的倫理や自己啓発思想が、いかにしてウェルビーイング志向へと変化していったかを考察する。

 第3章では、『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』の身体観と、アシュタンガ・ヨーガをはじめとする実践者の語りを比較しながら、アーサナ重視への転換とスピリチュアル体験の再構築を分析する。

 第4章では、現代社会におけるヨーガの制度化と商品化の実態、すなわち健康・福祉・ビジネスといった分野におけるヨーガの導入と、それに伴う矛盾や葛藤の構造を分析する。とくに、ウェルネス産業との結びつきや、現代ヨーガがもつ可能性と限界の両面を明らかにする。

 『現代ヨーガ論』の具体的な内容については後編で述べていきたい。

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ

じんぶん堂とは? 好書好日