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『われらみな食人種』ほか 散乱した知の断片が書店で繋がる

記事:創元社

著者も内容も判型も読者層も異なる本にも、繋がりを見出せる
著者も内容も判型も読者層も異なる本にも、繋がりを見出せる

とある書店の片隅に

 そんな折、打ち合わせの隙間時間を利用してとある書店に立ち寄った時のことだ。近刊の担当書チェックをしようと思ったが配架棚が見つからずさまよっていたところ、「SDGs特集」なるコーナーが目に留まった。

 SDGsとは、私がここで説明するまでもないだろうが、2015年の国連サミットで採択されたアジェンダの中核をなす「持続可能な開発目標Sustinable Deveropment Goals」の略称である。持続可能な社会、すなわち地球環境にやさしく、多様性が認められ、人々が文化的で健康的な生活を維持できる社会を実現するための国際社会共通の目標で、近年特に経済・科学・教育分野で注目されているキーワードである。

 一方その頃の私は、2019年12月の新刊『プラネットアース――イラストで学ぶ生態系のしくみ』(レイチェル・イグノトフトフスキー著、東辻千枝子訳)を筆頭に、2020年6月刊行だがなぜか1月初旬に入稿しなければならなかった『イラストで学ぶ地理と地球科学の図鑑』(柴山元彦・中川昭男日本語版監修、東辻千枝子訳)、8月新刊なのに3月1日に入稿しなければならない『ひと目でわかる地球環境のしくみとはたらき図鑑』(トニー・ジュニパー著、赤羽真紀子・大河内直彦日本語版監修、千葉喜久枝訳)を立て続けに担当し、頭の中には地球環境に関する情報が大量に散乱していた。

 さらに2018年からは男性優位の社会で道を切り開いてきた女性たちを紹介する『世界を変えた50人の女性科学者たち』『歴史を変えた50人の女性アスリートたち』(ともにレイチェル・イグノトフスキー著、野中モモ訳)を編集したうえ、2020年3月にはジェンダーフリーの洋服を作っているアパレルブランド・ブローレンヂの起業エッセイ『ワンピースで世界を変える!――専業主婦が東大安田講堂でオリジナルブランドのファッションショーを開くまで』(ブローレンヂ智世著)の刊行を控えており、ジェンダーの平等や多様な価値観を許容する社会というテーマも、とっ散らかった脳内をじわじわと熱していた。

 つまり、最近の私の企画はほぼすべて「SDGs」に関係していたのだ。

「SDGs」コーナーで意外な発見

 ああ、やっぱり書店でも一棚割くほど注目が集まってんのね〜と、特集コーナーのラインアップを眺めていると、環境問題やエコ啓発に関する理工・ビジネス書、男女平等や移民問題を取り上げた社会学書など、当然と思われるラインアップのなかに「人類学」のタイトルを見つけて、ぎょっとした。実は2019年11月に、3年越しに刊行できた『われらみな食人種(カニバル)――レヴィ=ストロース随想集』(C.レヴィ=ストロース著、渡辺公三監訳、泉克典訳)をはじめ、「人類学」もまた、近年よく私の目に入ってくるキーワードだったからである。

 そもそも外国語大学でカルチュラル・スタディーズをやり、学生時代はしょっちゅう「みんぱく(国立民族学博物館)」に通っていた私は、それが「人類学」だと意識していなかっただけで、言語・文化人類学的なものに惹かれる素地はあったのだろう。類は友を呼ぶもので、数年前から自分の周りにナントカ人類学者やその愛好者が多いことに気づき始め、『カニバル』編集に関わるようになってからはますますそれを意識するようになっていた(ただし、系統立ててまじめに勉強したわけではないのだが)。

 「しかし、何でSDGsで人類学?」と、書棚に並ぶモースやブルデューに首を捻りながら、そのうちの一冊をパラパラとめくっているうちに、やがてなるほどと膝を打った。

 人類学は文字通り、自他の属する人類の社会や文化を研究する学問だ。異文化の慣習や常識の違いについては語学やコミュニケーション学でも学ぶことはあるが、人類学ではその慣習や常識の「しくみ」まで掘り下げて論じるので、単に「よその人間はうちとは考え方が違う」という表面的な事実だけでなしに、それがどういう価値観の違いによるものなのか、彼らの思考を裏打ちする論理はなんなのかというところまで意識が及ぶ。そしてそれに対して自分たちの文化や価値観を裏づけるものは何か、そのために他に向ける視線に偏見が混じってしまっていないかと、顧みることにもなる。

 いかにも素人の説明だが、少なくとも『カニバル』でレヴィ=ストロースのいわゆる構造主義の人類学に触れた私が読み取った人類学のイメージはこういうものである。そして文化人類学でやしなわれる、人間社会のみならず自然環境や他種の生き物を包括した広範で多角的なまなざしや、自分とは異なる文化を持つ人々を安易に批判し排除することを躊躇する態度は、まさに「持続可能な社会」の実現に必要なスタンスではないだろうか。

知の断片を繋ぐメディアになる

 そう気づいた時、決壊状態だった担当企画の断片に一本の芯が通り、メキメキと秩序が生まれていった気がした。てんでバラバラに存在していた企画どうしにネットワークが生まれ、さらに私が編集者になる前から持っていた関心や経験にもリンクが張られていく。

 あまりにも性質の異なる事象を大量に扱っていると、しばしば自分を構成している細胞までもが散り散りになってしまうような感覚に陥る。しかし思考の範囲を広げてみれば、一見異質に思えるものも、こうして自分の中でちゃんと結びつけることができるのだ。

 今回は書店の特集がその気づきを与えてくれたが、本来編集者の本分は、本を作ること以上に、自分自身がメディアになって人や知識を繋ぐことではなかったかと反省した。と同時に、一見なんの役に立つかわからない散り散りの知の断片がパズルのようにピタリと当てはまった時の「カルチベートされた」快感を久々に味わった。

 書店も本を買うだけの場所ではなく、本と出会い、知の繋がりを見出すメディアだと言えるだろう。ここに私の手掛けた本が並び、また誰かと繋がってくれるように、まだまだ続く入稿デスマーチをあともう少し頑張ろうという気になった。

 ちなみに、一見なんの繋がりも見出せないような事象どうしに繋がりを見出し、論理が構築されていく展開は、まさに『われらみな食人種』の各論考で繰り広げられていることでもある。この記事を書き上げてまもなく、本書の重版が早くも決定した。この本を通して、知の断片のパズルがかみ合い「おお~!」と鳥肌の立つ体験をする人も、じわじわと増えているのである。(創元社 編集局 小野紗也香)

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