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子育ては、強い生き物だからこそできること。では、人間は…? 『生き物が大人になるまで』(前編)

記事:大和書房

『生き物が大人になるまで 「成長」をめぐる生物学』(稲垣栄洋/大和書房)
『生き物が大人になるまで 「成長」をめぐる生物学』(稲垣栄洋/大和書房)

 じつは、地球上の生物のなかで、子育てをするものは少数派です。生物の多くは、卵や子どもを産みっぱなしにして、面倒をみることはありません。

 脊椎動物の中でもっとも古い時代に出現した魚類は、一部の特殊な種類では子育てをす る例が知られていますが、多くの魚は、子育てをすることは一切ありません。ただ、たくさんの卵を産みっぱなしにするだけです。生き残って大人になる確率が低いぶんだけ、たくさんの卵を産むのです。

 たとえば、水族館で人気者のマンボウは、一度に三億個もの卵を産むと言われています。この卵がすべて大人になれば、世界中の海はマンボウで埋めつくされてしまいますが、そんなことにはなりません。マンボウの数がそう大きく変わらずに推移しているのだとすれば、オスとメスの二匹のマンボウから生まれた卵は、最後には二匹程度しか残らない計算になります。つまり、逆に言えば、二匹のマンボウが生き残るためには、三億個もの卵が必要だということになるのです。生存率は一億五〇〇〇万分の一。無事に成長を遂げて大人になる確率は、宝くじの一等に当たる確率、一〇〇〇万分の一よりもはるかに低いのです。

 子育てをしない生物にとって、子どもが大人になるということはこんなにも過酷なことです。

ハサミムシの子育て

 小さな虫にとっても、子育てをするということは大変なことです。しかしその中で、子育てをする虫もいます。

 私たちの身近なところでは、ハサミムシが子育てをする虫として知られています。 ハサミムシはその名のとおり、尾の先についた大きなハサミが特徴です。このハサミを武器として敵から身を守るのです。ハサミムシには子どもを守るだけの強さがあるので、虫としては珍しく子育てをすることができるのです。

 ところで、このハサミムシは、ある意味でとても慈悲深く、とても凄惨な子育てをする生物です。少し話の本筋から逸れて紹介してみましょう。

 ハサミムシの母親は、石の下などで卵を産みます。そして、卵が孵るまで、産んだ卵に覆い被さるようにして、卵を守り続けるのです。卵が孵るまでの一ヵ月から二ヵ月以上の長い間、エサを口にする時間もありません。飲まず食わずで、まさに自分の身を削りながら卵を守り続けるのです。

 そして、ついに卵から小さな幼虫が孵化します。しかし、孵化したばかりの小さな幼虫は、まだ自分で獲物を捕ることができません。そこで母親は、子どもたちの最初のエサとして自らの体を投げ出すのです。そして、産まれたばかりの子どもたちは、母親の体を食べ始めます。

 子どもたちに自分の体を食べられながらも、たとえば人間が石をめくってみれば、ハサミムシの母親は、残された力を振りしぼってハサミを振り上げ、威嚇します。

 これがハサミムシの母親です。これが、ハサミムシの子育てなのです。

人はなぜ子育てをするのか

 話を戻しましょう。

 つまり、虫のような無脊椎動物では、子育ては、サソリやクモのように、子どもを守ることができる強い生き物だけに許された特権なのです。

 魚類や爬虫類は、ふつう卵を産みますが、哺乳類と同じように卵ではなく、赤ちゃんを産むものもいます。ただし、魚類や爬虫類は卵を産む「卵生」で、赤ちゃんを育てる胎盤がないので、体内で卵を孵化させて、孵化した子どもを産み落とすという仕組みです。なので、哺乳類のような「胎生」ではありませんが、胎生によく似ているので「卵胎生」と呼ばれています。

 このように、卵を産みっぱなしではなく、卵をお腹の中で孵化させてから産むものに、魚類ではサメがいます。爬虫類では、マムシが卵胎生の生物の例として知られています。

 やはり、サメもマムシも、敵の少ない強い生物です。

 歴史をさかのぼれば、脊椎動物の進化の中で初めて本格的に子育てをした恐竜も、地球を支配した強い生物でした。そして、恐竜から進化したとされる鳥類も子育てをします。

 そして哺乳類は、この恐竜や鳥類よりも、さらに子育てを進化させて、母親の体内で赤ちゃんを守り、さらに母乳で育てるという高性能な子育てを進化させたのです。

 さて、それでは、哺乳類は強い存在なのでしょうか。

 今でこそ哺乳類は、恐竜に代わって地球を支配する生物たちですが、恐竜が繁栄した時代には、むしろ哺乳類はか弱い存在でした。

 小さく弱い存在であった哺乳類は、恐竜の目を逃れて、暗い夜に行動していました。小さく弱い哺乳類は、敵から逃れ、子どもたちを守る能力を発達させたのです。そして、子ども守るということを追求した結果、卵ではなく赤ちゃんを産んで育児するという「子育て」をする生物となりました。その結果、現在、子育てをする哺乳類は、地球上に繁栄しているのです。

 つまり、地球上で子育てをする生物の多くは強いからこそ子育てができたのですが、哺乳類は、強いからではなく、弱いからこそ、弱くても生き残るために「子育て」をするようになったのです。

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