心温まる大人の絵本『幸せの鍵が見つかる 世界の美しいことば』
記事:創元社
記事:創元社
幸せが何なのかは、人によってちがうかもしれません。たとえば私にとっては、ありのままの自分を受け入れ、自分のいる場所を愛し、自分の行く先をまっすぐ見つめられること、それが幸せの鍵になります。
この絵本では、今まで、そんな幸せの鍵を見つける手助けをしてくれた外国の美しいことばをあつめて訳し、絵をつけました。学生時代から愛読している詩や、大切にしているネイティブ・アメリカンの言い伝え、それにことわざや童話の断片など、いろいろです。
原典になった英語(2カ所のみフランス語)の文章と対訳にしてあるので、自分ならこう訳す、という楽しみ方もしていただけると思います。
多くは古いことばで、それらは、長い年月、人々の心から心へと受け継がれてきたものです。時代が変わっても残ることばは、人の心の一番奥にある変わらないものに訴えかける力を持っていると感じます。
ことばは時には無力なようでいて、人生に深く影響するほどの不思議な力を持つこともあります。
読者のみなさんにとっても、幸せの鍵になることばが見つかりますように。(「はじめに」より抜粋)
最初にご紹介するのは、イギリスの詩人・哲学者、サミュエル・テイラー・コールリッジ(1772-1834)の詩『即興芸人』からのことばです。
暮らしの中のしあわせは、
ささやかな瞬間が積み重なることで作られます。
すぐに忘れてしまうような、ちょっとしたキスや
ほほえみ、やさしい表情、心からのほめ言葉、
そして、数え切れないほどのうれしく心地よい、
とても小さな気持ちのあつまりです。
コールリッジはイギリスのロマン主義を代表する詩人で、超自然的な世界を描いた物語詩『老水夫の歌』で知られています。
このことばからは、そんなコールリッジの、世界に対する素朴で純粋なまなざしが浮かんでくるようです。日常の中で不意に生まれる「小さな気持ち」を見逃さず、心の中に留めておけば、なんの変哲もないような日々でもささやかな幸せを感じることができる。当たり前のようでいて、目の前の生活に追われているとついつい忘れてしまいがちなことでもある気がします。
次にご紹介するのは、アメリカの小説家ルイザ・メイ・オルコット(1832-1888)のことばで、時代を超えて読み継がれている自伝的小説『若草物語』からの一節です。
愛は、
私たちがこの世を去るとき唯一持って行けるもの。
これは、『若草物語』の主人公である四姉妹の三女、ベスが死の間際に発したことばです。ベスはオルコットの実在の妹がモデルになっており、実際に、その妹も若くして亡くなっています。そしてオルコットは妹の死後、その娘を引き取って育て上げたと言われています。
このことばは一見とてもシンプルですが、家族との深い絆を生き、その死を見届けた彼女だからこそ書くことのできたことばなのでしょう。
前田まゆみさんのイラストも、そんなオルコットのことばにやさしく寄り添っているようです。
最後は、本書で何度も取り上げられているアメリカの詩人、エミリ・ディキンスン(1830-1886)のことばで締めくくりたいと思います。
もし 私が ひとつの心がこわれるのを
止められるなら
生きるのも むだではない
もし ひとつの命のうずきを
やわらげられるのなら
または その痛みを
しずめられるのなら
それとも 気をうしないかけた こまどりを
巣にもどして あげられるなら
生きるのも むだではない
ディキンスンはアメリカを代表する詩人ですが、生前は数篇の詩を発表しただけで世間的には注目されることなく、56歳でこの世を去るまで、ほとんどの時間を生家で過ごしたと言われています。そんな彼女が評価されるようになるのは、死後、彼女が遺した大量の詩を妹が発見し、詩集が出版されてからのことでした。
そのように世間からは孤立した人生を送ったディキンスンですが、このことばからは、孤独の中で彼女が何を見つめていたのか、何を拠りどころとして創作に励んでいたのかが伝わってくるようです。そんな彼女の想いは、いまや世界中に届き、多くの人の心を慰めていることでしょう。