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同調圧力とは無縁、第二の人生に大切なこと 漫画家・弘兼憲史の『一人暮らしパラダイス』

記事:大和書房

『一人暮らしパラダイス~弘兼流熟年世代の「第二の人生」』(大和書房)
『一人暮らしパラダイス~弘兼流熟年世代の「第二の人生」』(大和書房)

 「年を重ねただけで人は老いない。理想を失うときに初めて老いがくる。」これはアメリカの実業家・詩人であったサミュエル・ウルマンが書いた、『青春』という詩の中に登場する一節です。かのマッカーサーも座右の銘にしたということで有名になり、日本の政財界人の講演会などでもよく引用されています。いくつになろうが人は理想を抱くことができ、それが持てなくなったときこそが本当の老いの始まりだということでしょう。

 理想は、諸刃の剣でもあります。たしかに理想は人を成長させるために必要なものかもしれませんが、その反面、多大な危険性もあります。なまじ理想があるばかりに、それに考えや行動が縛られたり、現実との間に齟齬を来たしたりします。それによって苦しまなくていいところで苦しんだり、悩まなくていいところで悩んだりすることが多々、あります。長く人生を生きてきた人なら、誰しも思い当たることでしょう。では、理想など持たないほうがいいのでしょうか?

 持ってもいいし、持たなくてもいい。僕は、どちらでもいいと思っています。理想がなければ生きている意味がないと思う人は持てばいいし、別になくても平気だという人は持たなくてもいい。要は、その人の考え方次第です。

 理想には、世間が押し付ける常識のようなものが多分に反映されています。しかも、その常識に確固たる根拠や効用があればいいのですが、何となくそう思われているだけということが多くあります。ですから、そうした理想や常識を真に受ける必要はないし、それに従わなかったからといって、その人が悪いわけでもありません。

 最近の言葉でいえば、理想というものが一種の「同調圧力」となってしまっています。 しかし、そんなことはいちいち気にしないことです。言いたい人には勝手に言わせておけばいいのです。

「自分が一番快適」を目指すだけ

 いい歳をして「自分らしく生きる」などと言っている人は、もしかしたら明日、自分が死ぬかもしれないと思っていない人かもしれません。その日、その日を楽しく生きると聞くと、何と能天気な人だろうと首をかしげる人もいるかもしれませんが、僕に言わせれば、自分が明日死ぬかもしれない年齢に差しかかっているということを考えない人のほうが、よっぽど能天気です

 そうした勘違いに拍車をかけるのが、最近盛んに言われている「人生100年時代」というキャッチフレーズです。たしかに昔に比べたら、100歳以上の人の数は増えています。だからといって、これで本当に「人生100年時代」と言えるでしょうか。

 ほとんどの人が100歳まで生きるのが当たり前となったら、そのフレーズも妥当でしょうが、全体の比率から見たら100歳以上の人口は微々たるものです。僕は、「人生100年時代」など来ないと思っています。お医者さんに聞いても、どんなに医学が発達しても、たいがいの人は90歳くらいになると、一気にガタッと来ると言います。

 「私、何だか死なないような気がするんですよ」というセリフで有名な作家の宇野千代さんでさえ、結局、99歳で亡くなりました。やはり、人間にとって100歳まで生きることは至難の業なのです。

 そう考えると「人生100年時代」などというのは夢物語のようなものであって、現実的には数多くの問題があります。そういう無責任なスローガンはやめたほうがいいし、そういう言葉に踊らされて、自分がいつまでも生きられると勘違いして「自分らしく生きる」などと口にするのは愚かなことです。こんなことを言うと批判されるかもしれませんが、ただ長生きすることが人間にとって本当に幸せなことなのかどうかわかりません。

 いずれにしろ、「自分らしさ」などという枠を自分ではめて悩んだり、ただ長生きすることに汲々したりするよりも、きょう一日を楽しく生きることに徹したほうがいいと思います。

 そのときに大切なのは、人と比較したり、世間一般の基準に自分をなぞらえたりして生きるのではなく、自分が一番快適であるように生きることです。人から見たら全然、幸せではないかもしれませんが、自分が快適だと思えば、それがその人の幸せの基準になります。

 朝起きて、コンビニでごはんを買い、それを食べて、ちょっと仕事や近所に出かけ、帰ってきてテレビを見ながら一杯やって、お風呂に入って寝る。他の人から見たら、ただのグータラだと思われるかもしれませんが、そんなことは意に介さないことです。昨日と同じ今日があるだけで幸せを感じられる人ほど、幸せに生きられると思います。

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