美術展へ気軽に行けない今こそ見直す、美術の新しい楽しみ方 『武器になる知的教養 西洋美術鑑賞』
記事:大和書房
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絵画の鑑賞法として、「感じたままに感性で観ればいい」という人がいます。しかし、多くの場合、何の予備知識もなければ「何を感じていいのかもわからない」状態になるはずです。そのような事態を避けるためにも予備知識は必須なのです。
一般の日本人が西洋美術に触れたのは、明治の文明開化以降のこと。その頃の西洋美術は、「印象派」全盛期。神話や古典を基盤とした従来のアカデミスム絵画は、鑑賞に高度な教養が求めらますが、印象派の絵には、専門的な知識・教養はさほど必要ではありません。多くの人は幸か不幸か、印象派の作品が西洋絵画を代表するものとすり込まれてしまいました。以来、知識や教養が必要とされるはずの西洋美術に馴染めなくなってしまったようです。
慣れないうちは、目的をもって鑑賞してみましょう。作品を美術史的な意義で見るのか、社会的な背景に照らし合わせながら見るのか、目的を決めておくのです。一枚の作品にも大量の情報が埋め込まれていますから、情報量に圧倒されてしまいます。ですが、「今日はこう観る」とあらかじめ決めておくと集中の仕方が変わってきます。
私は「五点集中」という鑑賞をお勧めしています。人間の集中力は長く持ちません。企画展なら一度に一〇〇点前後も一挙に展示されるケースもあり、すべてをじっくり鑑賞するのは不可能です。多くの企画展は先述したように、目玉になる作品があります。誤解を恐れずにいえば、他の作品は、目玉作品を補足するものが多いのも事実です。
まずは「名作」といわれるものを時間が許す限り観てみましょう。ポスターに採用されるような作品は、場合によってはキュレーターたちが何年も所蔵美術館と交渉の末に展示を許されたものなどもあります。二〇〇〇円弱のチケット代は、その一点を鑑賞するためにあるといっても過言ではないでしょう。
遠くから眺めるもよし、休みながら何度も観るもよし、空いているタイミングを狙って拡大鏡で細かく観察するもよし……。やり方を変えるだけで、それまで気づかなかったことに気づいたり、新しいひらめきが得られたり、想像が広がったりするはずです。
「巨匠の作品はどれも名作」と思っている人も多いかもしれませんが。しかし、それは間違いです。なぜなら、どんな作家でも、力が漲みなぎったいわゆる「最盛期」というのは少ないからです。
「モネ展」や「フェルメール展」といった作家個人にフォーカスした企画展は、初期から晩年までを紹介する流れになっている場合が典型的です。その際にも、すべてを観る必要はないと思います。評価される前や芸術家として熟しきった後など、それぞれで「名作」と呼ばなくてもいいものは、意外と多いものです。
そこで、個展では若い頃の荒々しい「発展期」、技術も感性も磨かれた「充実期」、いち芸術家として芸術を極めようとする「孤高期」の三つを意識して鑑賞してみましょう。その区分けも、事前に頭に入れていってもいいですし、各展示室前の解説を読んでもいいです。
どんな芸術家でもすべてを全力で観ようとせず、それぞれの時期から三つずつほど集中してみれば、「五点集中」からは増えますが、作家個人への理解度が、漫然と鑑賞するよりもぐっと深まります。
見慣れていない人にとって、もっと手強いのが現代アートかもしれません。よく現代アートを「わからない」という人がいますが、マネやマティス、ピカソやゴッホも当時、今でいう現代アートの扱いでした。彼らも「よくわからない」と批評されたのです。専門家でも「よくわからない」という状況はよくありますし、それは今も昔も変わりません。
現代アートは一括りにできる様式はなく複雑なまでに多様化しています。従来の絵画や彫刻だけでなく、素材や空間まで含むものが現れています。また、政治や経済、人種といった現代社会、アート自体の問題について問い掛けたりする表現が主流ですから、ある程度、現代社会や美術にそれらに関することを知っておく必要があります。しかし、それさえ踏まえれば、現代アートだって充分面白がることができるのです。
もちろん眺めているだけでは、言語化できない作品もあります。サインだけが描かれた便器をどれだけじっと見つめていても、それは便器でしかないからです。そういうときは「どう見ても便器だ、どういう意図だろう」と考えてみてください。それから解説を眺めてみて「なるほど。作者はこの作品にほかにも意図を込めたのでは?」などと想像を膨らましてください。
未知の現代アートに遭遇したら、違和感を覚えるかもしれません。しかし、その違和感こそが新たな目が開かれるチャンスです。美術鑑賞は、自分がそれまでに知らなかった価値観に気づいたり、「私はこういうものに対して、こんなふうに考えていたのか」といったことに気づけたりする絶好の機会なのです。