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懐かしいあの絵本を、違う視点で読み直す ~ウクライナ民話『てぶくろ』が描かれた時代

記事:朝倉書店

幼少期に絵本と親しんだ人は『絵本の事典』のページを繰れば、懐かしいあの本と再会できるはず。
幼少期に絵本と親しんだ人は『絵本の事典』のページを繰れば、懐かしいあの本と再会できるはず。

ロシアの絵本・第二次世界大戦から戦後へ

 国民の結束が最優先された第二次大戦は、政治的抑圧が手控えられ、逓信兵の勇気を讃えたマルシャークのリメイク作品『軍時郵便』(エルモラーエフ絵、DETGIZ1944)など、愛国心を鼓舞する作品が増える。だが、国土が激戦場となったロシアでは、戦中の絵本出版量は極端に少ない。新作が減る中で20年代作品の重版が細々と続けられたが、資材不足で小型版さえ作れなくなると、作家達はラジオを通して子ども達に語りかけた。

 終戦後も戦中に蒙ったヒト・モノ両面での莫大な損失に加え、再び引き締めに転じた政治体制下で激化した形式主義批判の嵐が、絵本文化の再興を遅らせた。連邦構成共和国の数が15を数える中で、ウクライナ民話『てぶくろ』(ラチョフ絵/邦訳:福音館書店、1965)のような非ロシア系諸民族の民話絵本の出版が増えるといった成果もあったが、新たな高揚はスターリンの死につづく「雪解け」期の到来を待つことになる。

(『絵本の事典』「ロシアの絵本」(田中友子)p. 144より)

ロシア絵本の光と陰

 マッカーシズム期のアメリカや戦前・戦中の日本など、絵本に対する検閲は多くの国で行われてきた。だが、ロシア(ソ連期)における検閲の問題は特に複雑であると言える。192030年代のロシア絵本が世界の最先端を行くものであったことは広く知られるところだが、それを可能にしたイデオロギー、システム、国家事業としての出版が、そのまま言論統制や検閲をもたらしたこともまた事実だからだ。この2つの面を切り離して考えることができない点が、ロシア絵本史の悲劇であった。(中略)

 『てぶくろ』の画家ラチョフが、1947年に初めて着衣の動物を描いた時に(中略)擬人化された動物に秘められた風刺の力が検閲官を刺激することを恐れた編集部は、出版にふみきるまで7ヶ月を議論に費やした。

(『絵本の事典』「ロシア絵本の光と陰」(田中泰子)p. 543-545より)

『てぶくろ』(エウゲーニー・M・ラチョフ 絵 / うちだ りさこ 訳、福音館書店)
『てぶくろ』(エウゲーニー・M・ラチョフ 絵 / うちだ りさこ 訳、福音館書店)

日本での出版

 「絵本のことば」が子どもたちの前に登場し、一挙に受け入れられていったのは、1953年創刊の「岩波の子どもの本」で紹介された数々の海外の絵本以来のことである。(中略)

 一体誰が、時間や歴史が、愛情が、動物の世界が、人間と動物の交わりが、ファンタジーが、絵本になると思っていただろうか! これは、第二次世界大戦後、翼賛体制や家父長制度が崩壊し、子どもたちは一人の人格として認められ開放されたとはいえ、まだ彼らにふさわしい「絵本のことば」を持っていなかった私たちの国にとっては、驚天動地としか言いようのない経験であった。

 そして福音館書店からは、昔話絵本を含めた海外の創作絵本の傑作――『100まんびきのねこ』や『もりのなか』や『チムとゆうかんなせんちょうさん』、そしてピーター・ラビットのシリーズ。昔話の『てぶくろ』や『ねむりひめ』や『三びきのやぎのがらがらどん』など――が刊行された。言ってみれば、上記の翻訳の絵本を通して、読者は物語を語る言葉を意識する前に、物語の豊穣さ、要するに幼い子どもたちが向かい合っている世界の豊穣さに圧倒されてしまったのである。

(『絵本の事典』「ことばの表現(1):音韻」(斎藤惇夫)p. 452-453より)

『てぶくろ』を取り巻くストーリー

 『てぶくろ』一冊をとっても、これだけのバックグラウンドが見えてきます。

 幼いころは何の気なしに読んでいた絵本たちが、どのような時代に書かれたのか。あの絵本の中にはどのような技法が使われていたのか。絵本とは私たちにとってどのような存在なのか。そうしたことを詳細に説明している本書は、大人になってからこそ読みたい「絵本の本」です。

 巻末の索引には『おおかみと七ひきのこやぎ』や『すてきな三にんぐみ』などなど、絵本のタイトルが数ページにわたって並んでいます。あなたの懐かしい一冊を探してみてはいかがでしょうか。

『絵本の事典』
『絵本の事典』

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