絵本はメディアである ―「聖域」として固定化されがちな絵本の世界をダイナミックに読み解く
記事:朝倉書店
記事:朝倉書店
絵本はメディアである。文や絵などによる情報や記録がつまったメディアであり、また作者から絵本を見る人へ、読む人から聞く人へなど多様な伝達やコミュニケーションとして働くことのできるメディアでもある。この二つのメディアとしての性質が絡み合って総合的に絵本の特性を作り上げているのだが、絵本のメディア特性というと、「手で触れることのできる紙素材に印刷したもので、動く映像文化と違い子どもにとって良質なもの」といった解釈が多いように思う。映像文化の影響を多々受けて今の絵本があり、両文化にまたがる作家が多いにもかかわらず、絵本の世界では映像に対する否定的烙印が幅をきかせているのである。絵本に対する愛情の強さが、聖域としての固定化した概念の中に絵本を追い込んでいるといえなくもない。
最近、《絵本学》という言葉が、世の中に浸透・定着してきている。絵本を児童文学や保育学の視点だけで見るのでなく、枠組みを広げ、絵本そのものとしての表現やあり方について考えようとするものである。もちろん、児童文学や保育学などの視点をなくすわけではない。ただ、《絵の本》といえども30年前には希薄だった美術の場からの分析や、物語の底にひそむ作者の思想、年齢をこえて訴えるテーマ、また読者の力などに対する視点が意識的になってきたように思うのだ。そういった動向を把握し、絵本のメディア特性をより幅広く、またより深く読み解かなければならない時期になってきているのが今だといえる。
筆者は『絵本の事典』(朝倉書店、2010)で絵本のメディア・リテラシーとして、世界認識表現メディア、物語るメディア、時間表現メディア、視覚表現メディア、印刷メディア、掌(たなごころ)のメディア、ブック・アート・メディア、インタラクティブ・メディア、自己解放と夢のメディア、自己受容メディア、他者理解メディア、コミュニケーション・メディア、希望と癒しのメディア、提示するメディア、教育メディア、編集・出版メディアの16項目をあげた。
絵本学講座シリーズはこの16の読み取りを引き継ぎつつ、それぞれの編者の新しい発想で練り直し、拙編『絵本の表現』、石井光恵編『絵本の受容』、松本猛編『絵本と社会』の3冊に組み分けて出版することにした。この3冊と別に拙編『絵本ワークショップ』も入れた4冊でシリーズを構成しているが、この『絵本ワークショップ』でとりあげられているワークショップには、16の項目がいくつも散見できる。
さて、シリーズの全体像はこのくらいにして、世界認識表現メディア、時間表現メディア、物語るメディア、視覚表現メディア、ブック・アート・メディア、インタラクティブ・メディアの6章で成り立っている本書『絵本の表現』について簡単に紹介させていただく。執筆者には、それぞれの専門領域の立場から真摯に絵本研究を続けられている方を選ばせていただいた。甘ったるい絵本論としては決して終わらせない方々である。本書は、一般読者向けを目的にしているが、研究者にとっても今までの絵本論には書かれていない知識や情報を多く入れこむことができたと自負している。
時間表現メディアを受けもった今田由香は、絵本は時間を表現するに適しているとし、絵本の中に流れる多様な時間表現を具体的な絵本例で示している。私たちが絵本を見る時間は、第2章後半で今田が述べているギリシャ語の《カイロス》、つまり生きる喜びそのものではないだろうか。
物語るメディアを受けもった鈴木穂波は、それぞれの絵本化により絵がいかに物語を語っているか、また同じ文学作品でも画家の違いにより物語の読み解きに変化が生まれていることを説いている。たとえば宮沢賢治の童話を荒井良二が絵本化した『オッベルと象』に対する鈴木の読み取りは、物語の本質を示して興味深い。
視覚表現メディアを受けもった和田直人は、色や形、素材や基材、文字などについて書いているが、構成学や認知心理学からの視点によるわかりやすい解説により、読者も絵本の驚きや楽しみを味わえることと思う。
ブック・アート・メディアについて受けもった山田志麻子は、本の美術館として名高いうらわ美術館で、さまざまな展覧会企画や解説をしている。絵本の世界でアートについて語る時、多くの人が身を引くことが多いが、絵本を真に理解しようとするのなら、アートの歴史はさけては通れない、馴染みのうすいアーティストの名前などがでてきても、臆することなくじっくりと読んでいただければ、今までとは違う絵本への対し方を見つけられることと思う。
筆者は世界認識表現メディアとインタラクティブ・メディアについて書いた。絵本について〈認識〉という言葉が用いられてきたのも、ここ30年くらいではないだろうか。しかし、世界認識表現という見方で考えるのなら、大人はもちろんのことだが、絵本が子どもの成長にとって欠くべからずのものであることを理解していただけるかと思う。
インタラクティブ・メディアでは「読者が何かを見つけ出せる絵本」「読者の思考力や創造力を生かす絵本」「遊び、答え、唱和、制作など読者の行為を誘う絵本」「読者の自由な読み方によって可能性が開く絵本」という項目分けで見ていったが、絵本作家のみでなく読者の力を前面に引き出す考え方は『絵本ワークショップ』にもつながると思えて楽しかった。
コラム原稿は、多彩な活躍でお忙しいにもかかわらず、2人の美術家、森村泰昌氏と田島征三氏が書いてくださり、本書の意図をより広げてくださったように思う。森村氏の展覧会、バロック画家ヴェラスケスの作品「ラス・メニーナス」をさまざまに解釈した「LASMENINASRENACENDENOCHE」展(2013年、資生堂ギャラリー)のカタログを見た時に、筆者は「これはまさしく絵本だ」と感じた。アートと絵本のあり方のシンクロナイズするところが見えたように思うのだ。
絵本作家であり美術家でもある田島氏は、絵本というものを固定して小さくは考えず、いつも絵本定義を揺るがせっぱなしである。今、制作中の「絵本の約束事を無視した危険な実験」というのも、筆者はその危険さにどこまで追いついていけるか心配なものの、どんな絵本が出てくるのか楽しみでもある。
絵本に対する本書執筆者たちの新しい読み取りにより、聖域とされている絵本の世界もダイナミックに息づき、豊かさを増幅させていくのではと期待している。また絵本の表現は、時代ごとに新しいイメージをまとっていき、それに伴い、絵本のメディア・リテラシーも新しい項目を増していくのではと考えている。
2014年6月 中川素子