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自分ごととして考えることとアサーション(尊重し合う対話)の大切さ――絵本『どうする? What do we do? ~災害時の命の平等編~』

記事:明石書店

絵本『どうする? What do we do? ~災害時の命の平等編~』(日英対訳版)作・小林学美 絵・石川貴幸 英訳監修・高嶺豊
絵本『どうする? What do we do? ~災害時の命の平等編~』(日英対訳版)作・小林学美 絵・石川貴幸 英訳監修・高嶺豊

絵本『どうする? What do we do? ~災害時の命の平等編~』著者の小林学美先生(作)と石川貴幸先生(絵)
絵本『どうする? What do we do? ~災害時の命の平等編~』著者の小林学美先生(作)と石川貴幸先生(絵)

 3・11東日本大震災は日本国内のみならず、世界中に大きな衝撃を与え、様々な課題を投げかけました。また多くの気づきと学びも私たちに与えてくれました。改めまして被害に遭われた方々に心からお見舞い申しあげます。

 地球温暖化による異常気象などが表面化してきた昨今、「災害」は他人事ではなくなりました。いつわが身に起こってもおかしくない、世界中がそんな危機に見舞われています。

 コロナ禍の現在も様々な制限や摩擦が生まれていますが、緊急事態の際にこそ、「命」の重みは実質的な意味で「平等」に取り扱われているのだろうか?そんな問いが頭をよぎります。

 すべての人々の「社会参加の機会の平等」を担保する意味のインクルーシブは、あらゆる場面の根底に必要な考え方となります。少数派が我慢を強いられる時代はもう終息に向かわなければなりません。子どもも大人も、民族や性別、機能障害の有無にかかわらず、誰もが自分の意見を持ち、伝え、相手の意見も聞き入れ対話するアサーション、それが日常に浸透する時代になることを願います。

 価値観の違いを超えて、お互いの違いを認め合い、支え合う、そんな時代に少しでも早く近づくことを祈りつつ第2作目の絵本『どうする? What do we do?~災害時の命の平等編~』を完成させました。

 社会の構造も、建造物も、必要な情報の送受信も、排除を生まない考え方がスタンダードとなり、人と人との関わりにおいても相手を思いながら伝え合い、聞き合う社会になることを願います。

 本書は、子どもも大人も一緒に問いに向き合い、考えながら読む絵本です。友人と、家族と、自分ごととしてこの絵本の世界に入った時、どんな気づきやアイデアが出てくるでしょうか。また、学校教育や防災学習、地域や行政などの防災研修や訓練の際に、自分や大切な人たちを守る防災を考えるきっかけになればと思います。

「命の平等」を考える共生社会とは

三品竜浩:この本はどのような相手をイメージして作ったのでしょうか?

小林学美:子どもたちにはもちろんですが、大人も子どもも一緒に考えながら読む本として楽しんでいただきたいですね。

三品:初回作『どうする?~What do we do?~』(世界書院、2018)では、私たちが住んでいる社会の「当たり前」の中に潜む「見えない障壁(バリア)」を絵本という形で問いかけ、描き出そうとしていましたが、今回は、「災害時の命の平等」をテーマとした理由はなんでしょう?

小林:2作目からはテーマ別にインクルーシブを考えていきたいと思い、昨今、地球温暖化などの影響により世界で頻発する災害に焦点をあて、最も重要なテーマ「命の平等」を考えるストーリーとしました。

三品:日本でも東日本大震災をはじめ多くの災害があり、命の平等について広く議論されてきましたが、日常生活の中で真剣にそれを考える機会はそう多くはないのかもしれませんね。

小林:無意識のうちに考える機会を省略せざるを得ないような出来事も起こっていると思いませんか? 例えば、コロナ禍でも話題にあがった「トリアージ」をはじめとする命の選別が行われざるを得ませんでしたよね。確かに、救急医療の現場ではトリアージも必要な場合があることは理解しています。

三品:しかし、その選択のなかで、見落とされたことがあるのではないかと感じたのでしょうか。私たちは感染拡大を防ぐ理由で多くの時間を割き、少ない選択を迫られました。

小林:治療に限らず、多くの制限がかかり、少数派を社会がさらなる「社会的弱者」にしてしまってはいないか? という疑問を持ちました。

三品:社会的弱者を可視化し、サポートする試みはこれまでも多くあったと思いますが、コロナ禍での多くの取り組みは、さらなる社会的弱者を生み出しているということでしょうか。

小林:そうですね。ここで、改めて聞きたいのですが、社会的弱者とはどんな人々のことだと思いますか? また、なぜそのような社会的弱者と言われる人々が生まれると思いますか?

三品:例えば、貧困や児童虐待、障害者の排除、最近ですとジェンダー問題で悩む人などが想像できます。そのような人が生まれる背景は、私たちの社会の制度や理解が進んでおらず、偏見もあるからだと思うのですが、どうなのでしょうか。

小林:そうですね。そういった偏見もありますね。さらに少数派ではあっても必ずしも彼らが「弱者」ではないはずですが、「弱者」として扱われてしまうのは、仰る通り、多様性が理解されず無理解・偏見などのある社会の構造が「弱者」と位置付けてしまっているのではないでしょうか。

三品:多様性が大事と頭では分かってはいるのですが、どのような人たちが「弱者」であるかというのは、きちんと考えていなかったかもしれません。自分の経験でも、生まれや生い立ちであなたは弱者ではないとされても、実際は偏見を向けられ傷つくこともありました。

小林:つまり「社会参加の機会の平等」が担保され、初めて排除や差別のない「対等な人間同士」ということになるわけですが、災害に備える街づくりにもそのような大切な視点がしっかり反映されているかどうか、そのあたりを社会に問いかけてみたかったわけです。

三品:すると、これまでの街づくりは、多様性と機会の平等を前提とした街づくりの視点が欠けている部分があったということでしょうか。

小林:新しい街、古い街などで備えかたは違ってくるとは思いますが、東日本大震災からの復興の道のりにいる東北は、大災害の経験が生かされた街作りがされていますか? 関心のあるところなので伺ってみたいところです。

三品:災害復興後の街づくりは、相当配慮された視点による街づくりになっていると思います。いま、一つ思い出したことがあるのですが、昔の鉄道の駅にはエレベーターがありませんでした。あれは、階段を使えない人は鉄道を利用できなくてよいと考えていたのかもしれませんね。そして、鉄道を利用できない人たちがいること自体に、多くの人たちは気づきませんでした。もう一つは、震災直後の避難所の支援に入った際に、床に雑魚寝で仕切りのない空間が広がり、トイレも排泄物の処理が追いつかない状況でした。そこでは、高齢者や障害者だけでなく、あらゆる人が不便や不自由さを感じていました。つまり、すべての場所に実は障壁が隠れている可能性があり、また、すべての人が当事者になる可能性を持っているんですよね。

小林:そうですね。私も経験談を聴く機会や調査を経て、このような現実の多くを知ることとなりました。そこでこの絵本の中では、停電することによりまわりが見えないだけでなく、命に関わる医療機器が使えない、また認知症やその他の精神疾患、発達障害などにより集団の中が苦手とされる人々に配慮があるかどうか、そして日本に暮らす多くの外国にルーツを持つ人々にもわかりやすい情報発信などの配慮があるかどうか、などの場面をこの絵本の中で取り上げてみました。

三品:それだけ多くの場面で、私たちは障害や高齢といった理由だけでなく、いつでも等しく「弱者」になり得る可能性があるわけですよね。そうなると、私たちに必要な視点とはどんなものがあるのでしょうか。

小林:多様性を認め合う社会、それはお互いの違いも認め合い、公助、共助、互助、自助、すべてのことを社会に暮らす皆が自然と考え合い、支え合えるような社会づくりにシフトしていくことでしょう。それが持続可能な社会の基盤になるのだと思います。

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