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若手研究者にきく、音楽研究の領域横断性

記事:春秋社

「音楽学と心理学が交差するとき」
「音楽学と心理学が交差するとき」

 『音楽と心の科学史——音楽学と心理学が交差するとき』(西田紘子・小寺未知留編著、春秋社)では、音楽についての知が、学問分野間の交流・軋轢の中でいかに形成されてきたのかが描かれています。前回のインタヴューでは、森本智志さんに、情報科学と音楽学・心理学の関係についてお聞きしました。今回は、3人の若手研究者にお話を伺いながら、音楽研究の多様性や領域横断性に迫ります。

オンラインでの談話風景(左上から小寺、西田、鎌田、加藤、小島)
オンラインでの談話風景(左上から小寺、西田、鎌田、加藤、小島)

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編者:まず、皆さんの専門分野や研究内容を簡単にご紹介いただけますか。

小島広之:東京大学の博士後期課程で音楽美学を研究しています。現代音楽の黎明期に関心があり、1920年代ドイツの音楽批評家などを対象としてきました。また、「スタイル&アイデア:作曲考」という活動では、現代の若手作曲家にスポットを当ててインタヴューなどを行っています。

鎌田紗弓:東京文化財研究所に所属しています。博士論文では歌舞伎のお囃子について音楽分析的な観点から研究しました。そこから、演者のコミュニティの歴史的背景、感覚的な「間」の実証研究など、関心が広がってきています。

加藤賢:現在は大阪大学音楽学研究室の博士後期課程に在籍しています。研究対象はポピュラー音楽で、特にポピュラー音楽産業や都市行政について研究しています。音楽そのものというよりも、その背後にあるインフラに焦点を当てています。

編者:小島さんが専門としている1920年代ドイツというのは、本書第1~2章と時代や地理が近いですね。領域横断性でいうと、当時の「研究」と「創作」はどういった関係にあったのでしょうか?

小島:当時の作曲家たちも発展目覚ましい心理学のことは気にしていました。たとえば、本書のコラム②「両大戦間の「音楽」心理学」(木村直弘著)に登場するエルンスト・クルトの『音楽心理学』以前の著作『線的対位法の基礎』(1917年)は、当時の急進的な作曲家たちに読まれていました。彼らはクルトの議論を借用しながら、無調音楽の新たな可能性を開拓していきます。

小島の研究対象であるパウル・ベッカー関連の文献
小島の研究対象であるパウル・ベッカー関連の文献

編者:鎌田さんや加藤さんは、自身の専門分野に関してはどのように感じていますか?

鎌田:専門分野が何かというのは、すごく難しい質問だと感じました。状況や文脈によって変化するからです。大学時代の所属講座は日本音楽史、今の所属先では古典芸能の担当です。演劇学や国文学の専門家も多い場では、音楽の研究者ということになります。
 日本の伝統音楽を深く知ろうとすると、音楽以外の要素にも自然と関心が向きます。その意味では、音楽学の内側のみで研究している意識は薄いのかもしれません。

加藤:ポピュラー音楽の研究も、視覚的な要素や社会的背景など、音楽以外も分析対象に含めて複合的に音楽文化を捉えようとします。ただ、総体を語ろうとするあまり、楽曲そのものの位置づけが従属的になってしまうこともあり、そうなると「音楽の研究」ではあっても「音楽学研究」と呼べるのだろうか、と思うことがあります。

西洋の記譜法を用いて学会発表をする鎌田
西洋の記譜法を用いて学会発表をする鎌田

編者:音楽について研究するためには、音楽以外についても理解していなければならないことを改めて実感しました。そういった学際的な分野で研究を進める上で感じていることはありますか?

鎌田:同じ音楽研究であっても、対象が違うと手法や分野に対する認識が違うなと感じることがあります。そもそも、「作曲家」や「作品」の捉え方や、資料が残っているかどうかなど、研究の前提となる部分がかなり異なります。
 日本の伝統音楽は、五線譜のような総譜を使わず、いまでも口頭伝承に多くを委ねています。『音楽と心の科学史』第4章には、音楽理論家が音楽心理学者とコミュニケーションするために理論用語に注をつけた、という話が書かれていますが、自分自身も他の音楽学者へ伝えるときに西洋の五線譜に書き替えて示すべきかなど、迷うことは多々あります。
 さまざまなアプローチが可能になっている中で、研究者一人にできることには限界がありますし、いろいろな領域にまたがっているからこそ、相互理解が難しいことはあります。ただ、それはネガティヴなものではなく、共同研究などへの可能性が広がっているということだとも思います。

加藤:ポピュラー音楽研究では、楽曲それ自体を詳細に分析するというよりも、楽曲をさまざまなコンテクストの中に位置づけて理解してきました。そもそも、ポピュラー音楽研究そのものが、音楽学とは異なるカルチュラル・スタディーズや社会学などの概念を取り入れて発展してきたものです。研究者間でのコミュニケーションの難しさの背景には、ときに、こうした基盤となっている学問分野の違いがあるように思います。『音楽と心の科学史』では音楽学と心理学の交差がテーマですが、このようなポピュラー音楽研究の成立事情も、音楽の科学史の一事例になるかもしれません。
 私の場合は、音楽産業の仕組みやサブスクリプションのアルゴリズムを理解しつつ、生身のミュージシャンとも対話ができなければなりません。領域横断的な知識が必要で、その点で大変ではあります。

ポピュラー音楽研究における音楽の捉え方(加藤によるイメージ図)
ポピュラー音楽研究における音楽の捉え方(加藤によるイメージ図)

小島:確かに、対象とするジャンルや時代によって、研究の前提が大きく異なることはよくあると思います。ただ、現代の作曲家たちとも交流している私からすると、「スタイル&アイデア」の活動は参与観察に近いと感じています。ですから、文化人類学や社会学などの問題意識・研究手法は重要になってきますし、その点では、日本の伝統音楽やポピュラー音楽の研究と通じる部分もあるのではないでしょうか。
 私の場合も複数の領域にまたがらざるをえないのですが、それは音楽研究の面白い点でもあります。たとえば領域Aと領域Bに明るい研究者がいた場合、AとBの領域横断的な知から、その人の研究にしかない個性や独自性が生まれてくるのではないでしょうか。

編者:本日は、興味深いお話を誠にありがとうございました。

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