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仏教のアップデートは「怒り」から始まる ドイツ生まれの禅僧・ネルケ無方さん寄稿(後編)

記事:春秋社

坐禅を指導するネルケ無方氏
坐禅を指導するネルケ無方氏

死にたい。でも、本当に「死にたい」のか?

 「死にたいと思うのですが、どうしたらいいですか?」

 これは、私がこれまで何度も受けてきた相談のひとつです。そういう言葉を口にする人たちの目は、決してふざけているわけではありません。誰にも言えないまま、一人で抱えてきた気持ちが、ようやく表に出てきた――そんな切実なまなざしです。

 でも私はいつも、こう問い返します。

 「あなたが本当に望んでいるのは、“死”そのものですか? それとも、“このままの生”がもう耐えられないということですか?」

 多くの場合、その答えは後者です。

 生きていることそのものがつらい、というよりも、「この世界での自分の立場」「他人との関係」「未来の不安」「役割の重さ」――そうしたものの総体が、限界に達しているのです。「死にたい」とは、ある意味で、「この現実を続けるのは無理だ」という悲鳴なのだと思います。

 仏教は、そうした悲鳴を否定しません。「死にたいと思ってしまうこと」自体がいけないのではなく、その気持ちの奥にある「どうしても無理なんだ」という叫びに、まず耳を傾けるべきなのです。

「意味」はなくていい。けれど、意味から自由になることはできる

 現代社会は、「意味」に取り憑かれています。

 「何のために生きるのか?」「この仕事に意味はあるのか?」「この苦しみは将来の糧になるのか?」――あらゆる場面で、意味を求める圧力が私たちを追い詰めています。

 でも仏教は、もっと根本的な問いを投げかけてきます。

 「そもそも、生きることに“意味”がなければいけないのか?」

 意味を失ってしまった人に「意味を取り戻そう」と言うことが、むしろその人をさらに苦しめることもある。だから私は言いたいのです。「意味なんか、なくてもいいですよ」と。

 仏教が目指すのは、意味を付け加えることではありません。意味を問い直し、さらには意味から自由になることです。私たちは、「意味のある人生を生きなければならない」という前提そのものから解放されることができる。そのとき初めて、ただ生きているという事実自体が、静かに私たちを支え始めるのです。

「今ここ」に触れる。それが生きるということ

 じゃあ、意味も希望もないまま、ただ生きればいいのか?――そう問い返されるかもしれません。

 でも、私は思うのです。生きるということは、何かを「成し遂げること」や「意味ある結果を残すこと」ではなく、今ここにある現実に「触れていること」なのではないか、と。

 禅の世界では、「ただ坐る」という修行を大切にします。

 意味も目的もない。ただ座布団の上にじっと坐って、呼吸を感じ、姿勢を保ち、自分の内と外のすべてを静かに見つめる。これを毎日、毎日、繰り返すのです。

 初めは退屈で、苦痛で、無意味に思えます。でも、その「無意味さ」のなかにこそ、世界のリアルが宿っているのです。風の音、鳥の声、体の重み、心のざわめき――すべてが、「ああ、自分は確かにここにいる」という実感につながっていく。

 私は、そうした感覚こそが、「生きている」ということの一番確かな証だと思っています。

 さて、このクソゲーをどうやって続けていけばいいのか? その問いに、私は仏教という古くて新しい視点から、ひとつの提案をしてみたいという思いから『人生というクソゲーを変えるための仏教』を書きました。

クソゲーでも、プレイしつづけることの価値

 この本のタイトルに「クソゲー」と入れたのは、ふざけているわけではありません。私自身が、かつて何度も「こんな人生、もう投げ出したい」と感じてきたからです。
でもこの本は、「こうすれば人生は神ゲーになりますよ」と教えてくれる本ではありません。むしろ、「クソゲーか神ゲーか以前に、まず自分のプレイの仕方に問題があるのでは?」と問いかける本です。

 ゲームの勝敗よりも、プレイの楽しさが問題であったはずです。「人生に遊び心を取り戻す」――これが私が提案したい仏教です。

 ゲームの内容は変えられないかもしれない。ステージも、ルールも、バグの多さも。でも、プレイの「しかた」は変えられる。ときには立ち止まり、ときには笑い、ときには誰かと肩を並べながら、少しずつ“自分のプレイスタイル”を見つけていく――それが、仏教の目指す生き方なのではないかと思うのです。

 今、生きづらさを感じている人へ。

 怒りを感じている人へ。

 もう投げ出したくなっている人へ。

 仏教は、あなたの人生を「立派なもの」にすることはできません。

 でも、今のままのあなたで、「ただ生きていていい」と語りかけてくれます。

 この本が、その声のひとつになればと願っています。

 ◇前編はこちら

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