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教養文庫のたのしみ(後篇)――第12回教養文庫コラボフェア開催に寄せて 山本貴光

記事:平凡社

2026年の教養文庫コラボフェア冊子の表紙
2026年の教養文庫コラボフェア冊子の表紙

〈前篇はこちらから〉

参加レーベルの顔ぶれは?

 さて、角度を変えて「教養文庫フェア」に参加してきた文庫レーベルについて見てみよう。2014年から始まって、2024年まで11回のフェアが開催されてきた。歴代参加レーベルは次のとおり。

 初回となる「これが教養だ!フェア」は、ちくま学芸文庫、中公文庫、角川ソフィア文庫、河出文庫、講談社学術文庫の5社が集って、これらのレーベル名あるいは版元名の頭文字から「チチカカコ」という語がつくられたのだった。このときは、斎藤美奈子、佐藤優、中沢新一、養老孟司、鷲田清一といった面々による推薦の言葉も寄せられている。選ばれた本は全50冊。

 翌年の第2回は「チチカカコ」から「チチカカコヘ」と変化した。「ヘ」は「平凡社」あるいは「平凡社ライブラリー」の「ヘ」だ。ここから2021年の第8回まで「チチカカコヘ 6社編集長が本気で推す」というフレーズが冠される。はじめのうちは、名言・格言集やパズル、シチュエーション別の分類など、いろいろな工夫もあっていま読み直してみても楽しい。

 第9回(2022年)に講談社学術文庫が卒業して、第10回まで5社となる。2024年の第11回にはちくま学芸文庫が卒業する代わりに、新メンバーとして朝日文庫とハヤカワ・ノンフィクション文庫が参加して6社になったところ。と、ここまでの道のりを振り返ってみると、都合8社8レーベルが参加してきたことになる。

 さて、もう少し各レーベルに近づいてみよう。一口に「教養文庫」といっても、レーベルによっていろいろなカラーの違いがあって面白い。以下では、これまで教養文庫フェアに登場した各レーベルについて印象を述べてみる。あくまでも、わたくしの貧しい経験に基づくものである点を先にお詫びしたい。なお、レーベル名の後ろには創刊年、教養文庫フェア参加回を添えて五十音順に並べます。

朝日文庫(1977年創刊/第11回から参加)

 第11回から参加の朝日文庫は1977年創刊で、もうすぐ50周年を迎える。朝日文庫といえば、本多勝一(『日本語の作文技術』『殺す側の論理』他)、大熊一夫(『ルポ精神病棟』)、立花隆(『ロッキード裁判とその時代』)など、朝日新聞や同社の雑誌で記者をしたり記事を書いたりと、ゆかりのある人びとによるジャーナリズム方面の本が大きな特徴の一つだろうか。これも古くからの読者は、朝日文庫といえば、創刊時から團伊玖磨の『パイプのけむり』シリーズとともに文庫化が進められた大佛次郎の『天皇の世紀』や、司馬遼太郎の『街道をゆく』シリーズなどを思い出す向きもあるだろう。「教養文庫フェア2025」には、武田砂鉄『わかりやすさの罪』のように最近の本も入っている。と、挙げてゆけば切りがないのだが、近年は文芸にも力を入れていて、井上荒野『生皮 あるセクシャルハラスメントの光景』や小川哲『君のクイズ』などは近年の個人的なおすすめである。

【余談】私がはじめて読んだ朝日文庫は、呉智英『読書家の新技術』(1987)だったと思う。高校生の頃、本の読み方が気になって手にした1冊だ。同書で紹介されていた赤木昭夫『蘭学の時代』(中公新書)が気になって探し読んだ。後に進学した大学に当の赤木先生がいることを知り、科学史の講義や分野を横断するゼミに出席して、そのままいまに至る生涯の師となった。振り返ってみれば、朝日文庫がその遠因であり、時に本は人の人生の進路に影響を与えるものなのだなあと、朝日文庫に触れるたび思い出す。

角川ソフィア文庫(1996年創刊/第1回から参加)

 日本の古典、近代以降の文学、とりわけ俳句や短歌、日本史や民俗、仏教など、日本文化の書目が充実しているのは、創業者の角川源義が国文学者で俳人、折口信夫や柳田国男に師事し、出版事業を開始してから、そうした関心に沿った刊行物を多く出したというベースがあってのことかと思われる。折口の『古代研究』(全6巻)や文庫版「柳田国男著作集」と言ってもよい充実したラインナップや、松岡正剛「千夜千冊エディション」(既刊30冊)などもある。同文庫のウェブページを見ると分かるように、以上の他にも美術・音楽、世界史、数学・自然科学、ノンフィクション、辞典・事典・図鑑など、24のジャンルにわたって展開している。

【余談】日本や中国の古典、和歌や俳句、日本の歴史方面が充実しており、和漢の古典を読もうというとき、いまでもまずはこの文庫の「ビギナーズ・クラシックス」に入ってなかったかなと探したりする。かつて仏教について見通しを持ちたいと思って『仏教の思想』(全12巻)にお世話になったのが角川ソフィア文庫との出会いだったと思う。その後も「ビギナーズ 日本の思想」に入っている空海の主著(現代語訳つき)をはじめ、文庫でこれが読めるのはありがたいなと思いながら集め読むようになった。フェア書目では、川村裕子著、早川圭子絵『はじめての王朝文化辞典』(2022)が、古文を読んでいるだけでは想像しづらい当時の空間や生活、道具や風習を図を交えて案内してくれる好著として印象に残っている。

河出文庫(1980年創刊/第1回から参加)

 河出書房、あるいは河出書房新社といえば、戦後に刊行した「世界文学全集」「日本文学全集」や雑誌『文藝』、あるいは今世紀に入ってからの「池澤夏樹=個人全集世界文学全集」「同日本文学全集」など、文学に滅法強いイメージがある。他方で、マルクーゼやフーコー、ホワイトヘッド、スタンレー・ミルグラムなどの著作を収めた「現代思想選」シリーズや、ドゥルーズとガタリの翻訳をはじめ、いわゆる現代思想や哲学方面も充実している。河出文庫は国内外の文芸を中心としつつ、そうした方面に加えて、自然科学の良書も収めている。近年の話題としては、歴史家ユヴァル・ノア・ハラリの世界的ベストセラー『サピエンス全史』『ホモ・デウス』『21 Lessons』の文庫化がある。2025年は河出文庫にも20冊ほど入っているドゥルーズの生誕100年(没後30年)を記念したフェアが開催されたのも記憶に新しいところ。

【余談】高校生の時分、河出文庫で『黒魔術の手帖』や『秘密結社の手帖』など、澁澤龍彦の文章に出会って以来、ずっとそのイメージがある。翻訳も含めて手に入るだけ片っ端から読んだのは文庫のおかげだ(後に全集にも手を伸ばすことになる)。それ以来、稲垣足穂、「南方熊楠コレクション」(全5巻)、「須賀敦子全集」(全8巻+別巻)、ダグラス・アダムス、マックス・エルンスト、ジョイス、カルヴィーノ、ドゥルーズ、ハイスミス、バロウズ、ボルヘス、ル=グィン、レム……とすっかり好みを押さえられている気がしている。この流れなら、同文庫の今野真二『戦国の日本語』(2021)に解説を書いたことや拙編著『世界を読み解く科学本』(2021)も入ってますよとお伝えしても許されるだろうか。

講談社学術文庫(1976年創刊/第1回~第8回参加)

 講談社学術文庫といえば、「これは、学術をポケットに入れることをモットーとして生まれた文庫である」という創刊の辞とエジプトのトート神(トキ)のアイコンが目印だ。1976年の創刊で、笠信太郎『論理について』、池田亀鑑『日本古典入門』、今西錦司『進化とはなにか』、久松潜一『万葉秀歌』(全5巻)、桑原武夫『第二芸術』、梅棹忠夫『狩猟と遊牧の世界』、朝永振一郎『鏡の中の物理学』、田中美知太郎『哲学入門』、浜田青陵『考古学入門』他、一挙34冊で出発したという創刊書目の一部を並べただけでも、この文庫が広く学術に網をかけようとしている様子が窺える。刊行書目はもうすぐ2900点に達するところ。「日本の歴史」(全26巻)、「天皇の歴史」(全10巻)、「興亡の世界史」(全21巻)、「中国の歴史」(全12巻)といった歴史の長大なシリーズや、近年ではプラトンやオウィディウス、スピノザなどをはじめとする西洋哲学や文学の古典新訳も精力的に展開している。

【余談】講談社学術文庫については忘れ難い記憶がいくつかある。その一つは、ゲーム会社に勤め始めた20代半ばのころ、給料がもらえるようになってこれからは本も自由に買えるぞというので、当時住んでいた近所の本屋さんに東京裁判研究会『共同研究 パル判決書』(上下巻、1984)を注文したことがあった。まだネット書店が発達していない頃で、店先で見つけるか注文という時代である。本が届いたと連絡があって取りにいくと、店の人がレジに値段を打ち込みながら「まあ、文庫なのにこんなにするの!?」と驚きの声をあげるのを聴いてその声に私もびっくりした。「そうなんですよ。ただ、これを文庫で読めるのはありがたく、むしろ廉価かもしれません」と答えたところまで覚えている。ところで、講談社学術文庫には通し番号が振ってあり、私のような者はつい集め読みたい気持ちをそそられるのであった。みなさん、通し番号を振るのです……。

ちくま学芸文庫(1992年創刊/第1回~第10回参加)

 筑摩書房では、1985年以来、ちくま文庫を刊行していた。そちらは文芸を中心に、国内外の評論やエッセイなども収めるレーベルで、筑摩が刊行していた文学全集類をもとにした文庫版全集もいろいろとあった。その姉妹篇として1992年に誕生したのがちくま学芸文庫で、創刊書目は浅田彰『ヘルメスの音楽』、岩井克人『ヴェニスの商人の資本論』、上野千鶴子『〈私〉探しゲーム』、大岡昇平『小説家夏目漱石』、竹田青嗣『現代思想の冒険』、田中優子『江戸の想像力』、蓮實重彦『監督 小津安二郎』、吉本隆明『源氏物語論』他で、当時没していた大岡昇平を除くと、最年長の吉本隆明をはじめ、広くは批評や現代思想とも呼ばれる各方面で活躍中の俊英たちである。それに限らず古今東西の古典や現代の重要書も収めており、『ニーチェ全集』(全15巻)、『フーコー・コレクション』(全6巻+ブックガイド)、エリアーデの『世界宗教史』(全8巻)、『漢書』(全8巻)などの全集類の世話になった人も多いのではないだろうか。2005年から始まった数学や自然科学、工学の本を収めるサブレーベルMath and Scienceは、全体的に数理や理工系の本が少ない教養文庫のなかでも異彩を放っている。

【余談】自分が大学生だった1992年に創刊されたこともあり、なんだか同級生のような気分でいる文庫である。創刊書目のほとんどを手にとって読み、いまでも書棚に収まっている。アレント、加藤周一、ジェイコブズ、シュタイナー、デカルト、中井久夫、蓮實重彦、バタイユ、バルト、ベンヤミン、ベルクソン、マアルーフなど、同じ著者の本を複数入れてくれるので、ちょっとした著作集のように読めるのもよい。いまでは新刊書目をとにかく全て手にとって読むことにしているレーベルの一つである。ここでもどさくさに紛れて述べれば、レナード・ムロディナウ『ファインマンさん 最後の授業』(安平文子訳、2015)に解説を書いたことがある。また、吉川浩満くんと訳したジョン・R・サール『MiND 心の哲学』(2018)が同文庫に収められている。

中公文庫(1973年創刊/第1回から参加)

 1973年創刊の中公文庫は、「教養文庫フェア」に参加してきたレーベルのなかでは、最長老。創刊時には谷崎潤一郎訳の『源氏物語』や庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』ほか、文芸書を中心とするなかにニーチェ『ツァラトゥストラ』(手塚富雄訳)や『老子』(小川環樹訳注)などが入っていた。いまでも毎月刊行される書目はバラエティに富んでいる。そのうちで教養文庫方面について見てみると、「世界の歴史」(全16巻)、「日本の歴史」(全26巻+別巻)、「折口信夫全集」(全31巻+別巻)、「鳶魚江戸文庫」(全36+別巻2)、「日本映画発達史」(全5巻)、「日本の古代」(全15巻+別巻)、「完訳フロイス日本史」(全12巻)、「中国文明の歴史」(全12巻)、「大乗仏典」(全15巻)など、かつて「世界の名著」や「日本の名著」、「世界の歴史」「日本の歴史」をはじめとする教養全集で名を馳せた中央公論社/中央公論新社なればこそという重厚な書目も揃っている。全体に比してけっして多くはない翻訳書には、W・バンガート『イエズス会の歴史』(上下巻、上智大学中世思想研究所監修)ほか、よくぞそれを入れてくれました! という渋い着眼の書目も多々見つかる。

【余談】中公文庫といえば、高校で世界史の先生が配った読書案内に載っていた塩野七生『神の代理人』や高階秀爾『ルネッサンスの光と闇』があまりにも面白く、井筒俊彦、梅棹忠夫、澁澤龍彦、林達夫、丸谷才一、山口昌男、キーン、トフラー、ホイジンガといった著者たちの本を目録に見つけては読むようになった。もう一つ、学生のとき、アルバイト先の塾で友達が貸してくれた池澤夏樹の『スティル・ライフ』に衝撃を受けた思い出もあるのだが、これはまた別の機会に述べよう。一時期出ていたサブレーベルの「中公文庫BIBLIO」が好きで、巻ごとに入っているリーフレットも含めて(これ大事)次はなにが出るだろうと楽しみに読んだものだった。これまた余計なことを申せば、「中公文庫プレミアム」の1冊として刊行された山口昌男『本の神話学 増補新版』(2023)に解説を書く機会を頂戴したのは光栄至極でございました。

ハヤカワ・ノンフィクション文庫(1977年創刊/第11回から参加)

 ハヤカワ文庫といえば、SFにミステリ(MS)にファンタジー(FT)、日本の作品を収めるJAや海外文芸のNV、epi文庫など、小説の各種ジャンルごとのレーベルや演劇文庫をはじめ、もっぱら20世紀以降の文芸に力を入れてきたレーベルである。そんななかでやや風変わりに見えるのが、1977年創刊の「ハヤカワ文庫NF」(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)だ。NFとはノンフィクションのことで、多様な各種ハヤカワ文庫がフィクションだとすれば、非フィクションを一手に引き受けるサブレーベルなのである。動物、歴史、戦争、企業、犯罪捜査、自然科学、評伝、諜報、医学、ライフスタイル、心理学、数学、経済、音楽、哲学、教育、コンピュータなど、時代ごとに傾向はあるとはいえ、実に多岐にわたるテーマの本を収めている。つまるところが、この宇宙のすべて、人間の活動のすべてはノンフィクションの対象たりうるわけである。「アシモフの科学エッセイ」や「数理を愉しむ」のようなシリーズものもある。近年は神経科学や認知科学、行動経済学、進化心理学、宇宙論、量子論などの書目も入っており、年ごとの変遷を見てゆくと時代の関心のようなものも浮かび上がるように思う。現在600番台まで来ている。

【余談】なんといってもアシモフの科学エッセイシリーズに出会ったのは大きかった。それも、中高生の時分にハヤカワ文庫SFで『鋼鉄都市』や『われはロボット』「銀河帝国興亡史」シリーズ(これは創元SF文庫でも読んだ)を読んで、はちゃめちゃに面白くて「なんだこの人は」と訳されていた本を探したのがきっかけだった。つまりハヤカワSFからNFへと辿ったわけである。後にはE・T・ベルの『数学をつくった人びと』や『数学は科学の女王にして奴隷』から数学の歴史の面白さに導かれたりもした。そういえば、スティーブン・スローマン&フィリップ・ファーンバック『知ってるつもり 無知の科学』(土方奈美訳、2021年)に解説を書いたことがあり、これもまた恩返しをしたような気分になりました。

平凡社ライブラリー(1993年創刊/第2回から参加)

 平凡社ライブラリーは1993年の創刊で、2025年10月に刊行されたティモシー・リアリーほか『チベット死者の書 サイケデリック・バージョン』(菅靖彦訳)でついに累計1000巻に到達した。まことにおめでとうございます。このライブラリーも20世紀を中心としながら古今東西の多様な方面の書物を収めた賑やかで楽しい文庫だ。というのは、知の宝庫たる『世界大百科事典』を筆頭に、アジアの古典を集め収める「東洋文庫」や『中国古典文学大系』、荒俣宏『世界大博物図鑑』、ヴィジュアルで多様な文化を扱う「別冊太陽」、西洋中世哲学の古典を集め訳した『中世思想原典集成』、伊谷純一郎、加藤周一、観世寿夫、西郷信綱、白川静、知里真志保、南方熊楠、林達夫、ヴァールブルクらの著作集、テオリア叢書にエラノス叢書といった同社の刊行物を背景とした百科的広がりが、この文庫にも反映しているからかもしれない。西洋と東洋の文物が混在し、釣りや動物に関するネイチャーライティングの書目も目に入る。シリーズものには『オーウェル評論集』(全4巻)、『日本残酷物語』(全5巻)、『キリスト教史』(全11巻)、『菅江真澄遊覧記』(全5巻)、『日本語の歴史』(全7巻+別巻)、『中世思想原典集成 精選』(全7巻)なども。

【余談】1992年創刊のちくま学芸文庫と同じく、なんだか同級生のような気分のする文庫である。大学の第二外国語でアラビア語を選び、初歩の手ほどきをしてもらう講義のなかで、先生が「アラブのことを知りたいなら、サイードの『オリエンタリズム』ぐらいは読んでおきなさい」と教えてくれた。ちょうどその頃、1993年の平凡社ライブラリー創刊書目として上下巻で入ったところだった。大学の「現代芸術論」という講義だったか、詩人でもある先生がベンヤミンの話をするのを聴いて、野村修『ベンヤミンの生涯』を手にした。おや、『帝都物語』ですっかりファンになった荒俣宏さんの本もあるぞ。え、南方熊楠と柳田国男の往復書簡? というので、それはもう絵に描いたように引きずり込まれたのをいまなら沼というところだろうか。そこから東洋文庫も集め読み始めるまでに、そう時間はかからなかった。沼の先にまた沼である。

教養文庫フェアで会いましょう

 そんなこんなで今年で12回目となる教養文庫フェアについて眺めてきた。

 ひょっとしたら、この文章を依頼してくださった同フェアのみなさんは、こんなはずじゃなかったと思っているかもしれない。もうちょっとこう、短くて気軽に読めて、読んだ人が「今度本屋さんで教養文庫フェアを見てみようっと」と思ってもらえるような、そんなエッセイが期待されていたのではないかと、いまさらながら思い至った。

 つい腕まくりをして、頼まれてもいないのに全書目のリストを作って眺めてみたり、それぞれの文庫の目録を引っ張り出したり、手許でつくっている文庫データベースであれこれしてみたり、書棚にある各文庫を拾い読みしてみたり、教養文庫フェアの小冊子を通読してみたりしているうちに、すっかりお伝えしたいことが膨れあがってしまったのだった。

 ちょっとだけ加えて言うことがあるとしたら、肝心の「教養」とはなんなのかということには触れなかった。教養という言葉からなにを思い浮かべるかは、それこそ人それぞれに違いない。その歴史や現在はさておき、例えば、書物を通じて何事かを「教えられ養われる」と字義通りに受け取ってみる。他方で、この先なにがどう変わってゆくか予想しがたい世界や社会のなかで、それでもなにかを学び知っておくとしたらどうするとよいかと考えてみることもできる。言い換えるなら、明日すぐ役に立つことが明白なことだけでなく、いまは有益さを実感できなくても、目に入れておくとよいものはなにかというわけだ。

 そんなふうに考えるとき、教養文庫は一つの手がかりになる。なにしろ時代の変化や言語を超えて読み継がれてきた本や、単行本で一度世に出たあと、さまざまな評価を経てもなお改めて読まれるに値すると判断され、文庫になった本たちなのだから。そして「教養文庫フェア」は、厖大な書物の海や森から、そうした本に通じたプロフェッショナルのみなさんが腕によりをかけて選んだ逸品に出会える得がたい機会でもあるのです。これを利用しない手はありません。

 というわけで、読者諸賢のみなさまにおかれましては、ぜひとも今度の「教養文庫フェア」では、書店に足を運んでいただければ幸いです。そこに並ぶ本たちと出会い、きっとこのたびも配付されるにちがいない編集長たちによる小冊子をお手にとってご覧あれ。以上、教養文庫フェアのいいところをお伝えしてみました。

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