「渋谷スクランブル交差点で『個人情報』を叫ぶ」のと同じ!? 小木曽健 『11歳からの正しく怖がるインターネット』
記事:晶文社
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この、女の子が交差点で個人情報を掲げている写真。「どこかで見たことあるなあ……」と思われた方、たぶん、ネットでご覧になったのではないでしょうか。
実はこれ、私の講演資料の一部なんです。二〇一六年、グリーの講演活動を紹介してくれたニュースサイトに、この写真が掲載されました。ネット上で物凄くたくさんの方に見ていただいた写真なんですが、私はいつでも必ず、この写真から講演を始めます。こんな感じで……。
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ここは東京、渋谷のスクランブル交差点。一日に数十万人が行き交う場所です。この場所でみなさんにお願いがあります。この女の子と同じように、ボードに「個人情報」や「プライベートな気持ち」なんかを書いて、交差点のど真ん中で、三〇分ほど立っていていただきたいのです。三〇分くらいでイイですよ、どうですか?
……私は嫌です。皆さんも嫌でしょう。ですがこれ、世界中で毎日毎日、大人も子どももやりまくっている行為なんです。ネットにモノを書く、何かを載せるということは、この女の子が、スクランブル交差点でやっているコレ「そのまま」です。
いや、まだこのスクランブル交差点の方がマシでしょう。だってたかが数十万人程度、掲げたボードも下ろせます。
ですが、ネットは違いますよ。
一度掲げたら二度と下ろせないものを、全世界の人間に永遠に見せ続ける。これがネットにモノを載せるという行為です。
そんなことを意識しながらネットを使っている人なんて、大人だっていません。この写真は、大人も子どもも、世界中でみんながやっている行為なんです。
なぜか、インターネットの世界に入ると、こんな大胆なことが平気でできてしまう。なぜできてしまうのか? コレが重要なカギになります。
みなさん、このイラストの光景に見覚えありませんか? 数年前、まだ世の中に「炎上」という言葉が浸透する前に起きた「ネット炎上事件」。
ワイドショーや雑誌などで「ネット炎上」という言葉が普通に使われるようになったきっかけと言われています。
高知県内のコンビニエンスストアで、アルバイトの従業員が、お店の中のアイスケースにもぐり込み、その様子を撮影し、ネットに載せたんです。お客さんが食べるアイスの上に、寝転がったんですね。ちなみに「ネット炎上」とは、ネット上に問題発言、違法行為、他人から非難されるような内容を投稿した結果、大勢の人間がワーッと集まってきて、フクロ叩き、ボコボコにされるという意味です。
この写真は、初めにフェイスブックに投稿されました。その投稿がスクリーンショット(画面のコピー)で複製され、ツイッターに流出します。そしてほぼ一か月後、「2ちゃんねる」にたどり着いたのです。実は日本の炎上は、この「2ちゃんねる」と呼ばれる巨大なネット掲示板に到達すると、非常に高い確率でスタートしてしまいます。
夏真っ盛りの七月、2ちゃんねるの人たちが、この画像を見つけて怒り出しました。
「汚ねえなあ、この店のアイス、絶対に買わねえ」
「このコンビニチェーン、利用するのやめよう」
「どこの店か知らんが、もう買わん」
みんな怒っています。当たり前ですね。
「こいつの個人情報、まだ特定されてないの?」
ま、そのうち特定されるんでしょ、そんな感じです。
「この店の経営者さん、かわいそうになあ」
そりゃそうですよね。アルバイトにこんなことされてしまったら、このコンビニの経営者もたまったモンじゃありません。
でも……違ったんですよ。
「こいつ、この店の経営者の息子だってよ!」
彼、お父ちゃんの店でアルバイトしていたんです。お父ちゃんの店で、アレを撮ったんです……。保健所に通報しろ、なんていう書き込みもありました。そして、二日後、ついに新聞に載ってしまいます。
「コンビニ店員、冷蔵庫内で横になる」
残念な見出しです。「写真を見た一般の人からの指摘で発覚」というのは、先ほどの2ちゃんねるの人たちでした。大挙して、コンビニのお客様センターに電話をかけたんですね。
「アンタら何考えてるの!?」
「あの店、どうするつもりなの?」
大量のクレームがお客様センターに殺到。そしてこのコンビニチェーンの本部は、のちに「伝説的」と言われるほどの早さで、この炎上に対処します。
新聞記事が掲載される「前の日」に、このお店をきれいサッパリ、ツブしたのです……。
コンビニ本部の社員が大挙して高知県に駆けつけ、店に到着するや否や、駐車場にカラーコーンを並べ始め、お客さんが入って来られないようにしました。お店を封鎖、営業停止です。店内の商品は、横付けされたトラックにどんどん運び込まれます。そして空っぽになったお店は、見栄えが良くないからと、店内からブルーシートが貼られ、隠されました。
これらすべて、この騒ぎが新聞に掲載される「前の日」の、ほんの数時間の出来事です。数時間で店が一件、消えて無くなったのです。
このコンビニは、彼のお父さんが一〇年近くがんばって営業してきたお店でした。その苦労が、たった数枚の写真で、ぜんぶ消えて無くなってしまったのです。この後、コンビニ本部から巨額の賠償請求があったかもしれません。なにしろ、これからアイスが売れはじめるぞ、という七月に起きた炎上でしたから……。
(『11歳からの正しく怖がるインターネット』より抜粋)