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AIと戦うための(革命の)哲学 ダニエル・コーエン『ホモ・デジタリスの時代』

記事:白水社

 AI時代の覇者である「ホモ・デジタリス」について、ダニエル・コーエンは次のように語る。

「彼らのアルゴリズムに基づく暮らしによって文明の行方が決まる。われわれは、ホモ・デジタリスが誕生した経緯である怒りや不満を理解し、そこにないまぜになった感情──この時代を生きる人々の無頓着さや幸福感──について把握しなければならない。それは、人類の遺産でもある人文知について心を向けることである。この責務を怠ることはもう許されないのだ」

ポピュリストはなぜ台頭するのか

 『ホモ・デジタリスの時代』は、一九六八年五月の学生運動を起点にして、現在までの思潮、そして今後の展望を、経済学、社会学、哲学、科学技術、心理学などから学際的に読み解く。

 六八年の学生運動は何だったのか。そして七〇年代、なぜ左派は過激化し、自爆したのか。彼らの理想の一つは階層社会を打ち崩すことだった。七〇年代の石油ショックが引き金になり、工業を中心とする社会の経済成長が息切れを起こすと、サービス社会への移行と同時に保守主義の逆襲が始まった。これがレーガンとサッチャーの登場に象徴される保守革命である。この革命は、経済面では規制緩和を推し進め、道徳面では保守的な価値観を説いた。

 この間隙(かんげき)を縫って九〇年代に登場したのが六八年の精神を受け継ぐIT革命だ。IT革命は、企業のコスト削減、ようするにリストラに大きく寄与した一方で、インターネットによる人々の横断的なつながりを約束した。これがフェイスブックなどのソーシャル・ネットワークである。このネットワークは、自由で横断的なつながりという六八年の理想に基づきながらも社会を分断した。そうした土壌に生じたのが現在のポピュリズムだ。

GAFAとはどう付き合うべきか 

 皮肉なのは、世界各地で大衆層が支持するポピュリスト政党は、大衆層の暮らしを支援する所得再分配や福祉充実などとは反対の政策を唱えて勢力を拡大していることだ。この点に関して、コーエンはアーレントが分析したナチス台頭の群衆メカニズムとその急速な衰退に言及する。

 工業化社会後の分断化された社会に登場したサービス社会では、GAFAをはじめとする一握りのプレーヤーが規模の経済の効果を最大限に活かして勝ち組になる一方で、規模の経済を利用できないフェイス・トゥ・フェイス(F2F)の仕事──対人の職業。例:看護、介護、保育、コンビニの店員など──に就く人々は低賃金に喘(あえ)いでいる。今後、AIが人間に取って代わる職種が増えるのなら、この傾向は不可逆的に強まるだろう。これは「労働のない労働者社会」という最悪の見通しだと警鐘を鳴らす。

AI革命で人間の仕事はどうなる?

  AIが「まともな仕事」を奪うのなら、ほとんどの人々はF2F型の「どうでもよい仕事」に追いやられ、それらの仕事の賃金にはさらなる下方圧力がかかる。実際にこうした状況にならなくても、「どうでもよい仕事」に就く移民がスケープゴートにされ、ポピュリスト政党の支持基盤はさらに拡大する。それまでインターネットの片隅に潜んでいた醜いナショナリズムが大手を振って闊歩(かっぽ)するようになるのだ(移民大国フランスの移民実情を詳しく知りたい読者は、『移民とともに──計測・討論・行動するための人口統計学』〔フランソワ・エラン著、林昌宏訳、白水社〕をぜひ手に取ってほしい)。

 われわれはAIと、経済学の基本である代替的でなく補完的な関係を築くことができるのか。人間の雇用は大幅に失われるのか。われわれの将来を大きく左右するこうした点について、コーエンは哲学的な考察を開陳する。ここでも六八年時の論争、そしてその後の哲学論争がきわめて参考になる。なぜなら先述の通り、IT技術の基本コンセプトにはこれらの論争が色濃く反映されているからだ。

 経済成長の源泉が変化するにしたがって社会の仕組みが変わり、人々の価値観も様変わりする。それが科学技術の応用に影響を与え、すべての変化が加速する。その典型が生命科学ではないだろうか。生殖医療やヒトゲノムの改変などは、SFではなくすでに現実である。昨日の優生学は今日の選択肢になっている。物質的な豊かさだけでは幸せを感じられなくなったわれわれに必要なのは、将来の科学技術によって現在の生命の有限性を超越することなのか。

   現在だけ、そして一つの学問分野だけを眺めていても、このメカニズムを読み解くことはできない。思潮を追う本書は、時代の変化を俯瞰(ふかん)するための貴重な一冊である。

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