1. じんぶん堂TOP
  2. 歴史・社会
  3. 入学も成績もカネしだい 岡奈津子『〈賄賂〉のある暮らし』

入学も成績もカネしだい 岡奈津子『〈賄賂〉のある暮らし』

記事:白水社

「お金」がものをいう大学入試

 カザフスタンでは、学校の卒業試験と大学入学試験を兼ねたマークシート方式による全国統一試験(ロシア語の略称はENT)が実施されています。

 『〈賄賂〉のある暮らし』の著者・岡奈津子さんによれば、

国立・私立を問わず、ENTの結果によって大学の入学資格が決まるため、受験生もその親も、少しでもよい点をとろうと必死になる。希望校への進学がかかっているのはもちろんだが、ENTで高得点をあげれば奨学金が受給でき、授業料が国庫負担となるからだ。[…]二〇〇四年にENTが導入された際には、入学手続きを統一化して個々の教育機関における恣意的選抜を排除し、腐敗を減らすことが目指されていた。しかし、その目的は残念ながら達成されていない。現実には、ENTの点数や回答、試験会場での便宜などが、しばしば公然とカネで取り引きされている(p.170)

とのことです。カザフスタンの受験生の親たちにとって、賄賂を払うことは常識とされています。

 試験監督を務める教師みずからが、袖の下と引き換えに不正の手助けをすることもあるそうです。受験生は、ケータイの持ち込みや、制限回数を超えて何度もトイレ休憩へ行くことを黙認され、試験会場の外に待機している別の教師に電話やSMSで答えを聞いたり、トイレに付き添った教師に教えてもらったり──試験中に脇に立った教師に回答を手伝ってもらったりも──するといいます。

岡奈津子『〈賄賂〉のある暮らし 市場経済化後のカザフスタン』(白水社)本文pp164-165より
岡奈津子『〈賄賂〉のある暮らし 市場経済化後のカザフスタン』(白水社)本文pp164-165より

成績をアップさせる「ルール」

 親が賄賂を使っていることを知っている子どもたちは、大学生になると、自分でお金を払って成績や卒業論文を買ったり、医者を買収して証明書をもらい、病気を理由に授業をさぼったりするようになるそうです。

 「あらゆるものが売り買いされるのを見て育った」若者たちは、賄賂をあたりまえのこととして受け入れてしまいます。ただし、

当然のことながら、カザフスタンの教師や学生、生徒の保護者すべてが不正に手を染めているわけではない。自分は決して賄賂を受け取らないという教師もいるし、不正とは無縁だという評判の大学も存在する。しかし、多くの若者が社会に出る前からコネや賄賂の利用を「ルール」として学び、かつ実践しているのも厳然たる事実だ。そんな彼らが、「すべてはカネとコネで素早く解決できる」と考えるようになってしまうのも無理はない(p.185)

でしょう。彼らはまぎれもなく、大人たちがつくった社会の落とし子です。

 『〈賄賂〉のある暮らし』では具体的な事例や金額が次から次へと紹介されていますが、次のようなエピソードには胸をつかれるはずです。

健康食品販売の仕事をしているナルギスはまだ四十代半ばだが、もうすぐ七歳になる孫娘がいる。その女の子は成績優秀だったが、オール「五」にあと一科目だけとどかなかった。孫の母親、つまりナルギスの娘はこれを残念に思い、学校に成績をつけなおしてもらえないか頼んだ。すると学校側は、来年度はしっかりがんばるという約束で、唯一の「四」評価だった音楽を「五」にしてくれたのだという。交渉しだいで成績が変わるのも意外だが、もっと驚くのは、それを聞いた孫娘のコメントだ。/「ママ、お金払ったの?」(p.185)

岡奈津子『〈賄賂〉のある暮らし 市場経済化後のカザフスタン』(白水社)地図より
岡奈津子『〈賄賂〉のある暮らし 市場経済化後のカザフスタン』(白水社)地図より

豊かさを追い求めた30年の軌跡

 豊富な資源をもとに経済発展を続けるカザフスタンは、いまや新興国のなかでも優等生の一国に数えられます。

 独立前からカザフ人のあいだにみられる特徴のひとつに、「コネ」があります。そして、市場経済移行後に生活のなかに蔓延しているのが、このコネクションを活用して流れる「賄賂」。経済発展がこれまでの人びとの関係性を変え、社会に大きなひずみが生じているのです。

 賄賂は世界中の国々でみられる現象ですが、独立後のカザフスタンは、それが深刻な社会問題を生み出している典型的な国のひとつです。ここから見えてくるのは、人びとの価値観の変容だけではなく、ほんとうの「豊かさ」を支える社会経済システムとはどのようなものかという問題です。

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ